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第一話:吊り橋とカッパの親子と地下室のサクラ(二)
小型の四駆自動車に戻ると、女は後部座席で水筒から黒い液体をカップに注ぎ、ほのかに立ち上る芳ばしい香りに目を細め、しかしながら口に運んだ後にわずかに眉間にしわを寄せて、
「イタリアンローストのエスプレッソも、さすがにこんな水筒に入れて長時間置いてしまっては、風味も旨味もあったもんじゃないか……」
言いながらも一気に飲み干す。
と、
「当たり前ですよ、そんな邪道な飲み方する人なんかユサギ先生ぐらいのもんです」
「ん?
あぁ、遅かったじゃないか、トール君。
おや、なんだか少し痩せたような気がするんだが、気のせいかな」
疲れ果てた顔で現れた男に、ユサギが窓を開きながら答えた。
「気のせいかな、じゃないですよ。
遅かったも何も、下手すれば永遠に帰って来ませんでしたよ」
言いながらトールが手元の輪ゴム製バンジーロープを示すと、
「それは困るな、私は運転免許など持っていないんだから……と、これはどのタイミングでこうなったのかちゃんと覚えているかい?」
半分ほどがちぎれ無残な姿を晒す輪ゴム束を受け取りながら、ユサギが興味深げに尋ねる。
「あの状況でそんな冷静な判断ができる人間がいるわけないでしょうが!
まぁとにかく実験はかろうじて成功でしたね!
良かったですね!」
「実験?」
「だから、こんな手作り輪ゴムでバンジージャンプが可能かどうかって実験だったんでしょ!?」
「えぇ?
……あぁ、いや、それは嘘だ。
ただ単にお前のくそしょうもない吊り橋効果の実験の方がくそ滑ってたから、少しでも状況が上向くようにと私がとっさの機転を効かせただけだ。
まったく危ないところだったぞ、あまりのつまらなさにグゥラも泣いていたのだからな」
ユサギがかたわらに置かれた立方体の機械装置を撫でる。
「グゥラにそんな機能は付いてませんよね。
っていうかとっさの機転で安易に人一人葬ろうとしてんじゃないですよ。
そもそも
『不安な場所で告白されると、その不安を打ち消すように告白してきた相手に頼ろうとする深層心理が働いて、普通の場所で告白されるよりも承諾する確率が上がる』
というただそれだけの実験に、滑るも何も無いです」
「うぅーん、っていうかねぇ、なんかもう、そんな古臭い実験をこんな人けの無い山奥で試そうとしていること自体が、その裏にあるやましい意図を容易に想像せざるを得ないんだよなぁ。
もしもあれで私が普通に承諾していたらどうするつもりだったんだ?
しめしめとばかりに、こんな場所で告白以上のあんな行為やこんなプレイを勢い任せにほとばしらせるつもりだったのではないのか?」
「んなわけないでしょうが!
これは純粋な心理学の実験なんですから。
後ほど研究所に戻ってから改めて意思を確認して、やっぱり吊り橋効果ってあるんだなぁ、とか笑って終わりですよ」
「どうだか。
しかし……何であろうと、せめて初めての時はこんな場所でのハードプレイなんかじゃなく、然るべき場所で然るべきタイミングで……優しくしてくれるか……?」
と、ふいに上目遣いで車外のトールに悪戯な微笑みを投げかけるユサギに、
「え……?
い、え……いや、あの……」
トールは狼狽し目を泳がせた、が、
「冗談だ、というか一世一代の大嘘だ。
言いながら気分が悪くなってきた。
ちょっと吐いてもいいか」
トールと反対側の扉を開けて車を降りると、本当にえづき始めているユサギの背に、
「なんかもう……なんで心理学者の僕の方が心を弄ばれまくってんですかね……。
っていうか単に酸化したコーヒーの飲み過ぎじゃないんですか?」
と大きなため息をついた。
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