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第一話:吊り橋とカッパの親子と地下室のサクラ(三)
「で……なんで急に釣りなんですか」
先ほど自分が突き落とされた、正気の沙汰とは思えない高さにかすんで見える吊り橋を見上げながら、釣り竿を片手にトールが尋ねた。
山深い渓流は秋風に木立が揺れ、その葉音と川のせせらぎだけが響き、安らかな心地よさに自分がそこで生命の危機にさらされたことなど忘れかけてしまうほどであったが、
「お前のバンジーが上手くこの水面まで届いていたら、その勢いで川の魚をお前が直接素手で捕獲するという実験をやるつもりだったんだがな。
すまん、少々計算違いがあったんだよ」
少し離れたところで釣り糸を垂らすユサギが苦笑しながら記憶を呼び起こす。
「あんな命がけの悪ふざけに計算違いとか有り得ないんですけど……」
「ふむ……そんなことより、知っているか」
「なんですか」
全く取り合う様子も無いユサギに憮然としながらトールが答えると、針先に全く何も手応えが無いままに、餌だけが水流に飲まれていく苛立ちの表情を浮かべたユサギが、針を引き上げながら、
「ニジマスってのは鮭の仲間なんだそうだ」
「えぇ?
そうなんですか?
全然似てませんし、大きさも生態も違うじゃないですか」
「それは日本という、ニジマス本来の生息地では無いがゆえに、完全体になったニジマスの姿があまり知られていないからだろう。
あいつらは最終的には種類にもよるが鮭と同様に一メートルとかになるんだからな」
「あれ、ニジマスって日本の魚じゃないんですか?
いつでもどこでも釣り放題みたいなイメージありますけど……っと、なんだ、葉っぱか……」
重量感のある手応えに一気に竿を引き上げたトールだったが、糸の先にぶら下がっていたのは大量の枝葉が絡まった焦げ茶色の塊であった。
「おいー、トールくぅーん?
真面目にやってくれるか?
この釣りは別に遊びじゃないんだからな。
日本の生態系を密かに乱していると、一部の専門家の間で問題視されたりされなかったりしている外来種たるそのニジマスを、我々がいち早く駆除して回ろうという試みなんだよ。
葉っぱも同じゴミ掃除かも知れんが、まずはちゃんと狙ったものを釣り上げてくれないか」
「ゴミって、表現が悪いですよ、まだ特定外来生物には指定されてないんでしょ?
それにユサギ先生だってさっきから葉っぱどころか何一つとして引っかかりもしてないじゃないですか」
「うるさいな、こういう偶然性の高い狩猟方法をそう都合良くコントロールできるか。
もしくは場所が悪いのか?
というかそもそも日本在住のニジマスってのはどこに棲息してるんだ?
いつでもどこでも釣り放題な感じで放流されまくってるなら、こんな渓流に来ればいくらでも釣れると思ってたんだが」
言いながらユサギは、手元に手繰り寄せた針に、ピンセットで挟んだ何かを必死に取り付けている。
「あの、それ、何付けてるんですか?」
妙な付け方をするな、と気になったトールは、いったん竿を置きユサギの方へ歩み寄りながら尋ねる。
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