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第一話:吊り橋とカッパの親子と地下室のサクラ(七)
「ワタクシ、この川を縄張りとするカッパでして……今年は異常気象のせいか食糧難で、そこへ珍しく人が来たし、人が仕掛けた罠には食べ物が入っていると思ってちょっと覗いてみたら、意外にもあっさりと捕獲されてしまいまして、あげく食べ物も入って無くて、泣きっ面に蜂と言いますか、カッパの川流れと言いますか……」
と、自称カッパのその中年男は、片腕で胸元を隠しながらブラジャーの肩紐を直し、自嘲気味に口のはしを上げて毛の無い頭頂部を撫でた。
「……どうする? トール君」
「いや……なんか……よくわかんないんですけど……今ものすごく不愉快な気分が湧き上がってます、なんでしょう、初めての感覚だな、とにかくものすごく不愉快です」
「あの、いや、本当にすみませんです……。
ただカッパと言っても何も悪いこととかしませんから。
昔話で伝わっているようなことは全部創作で、ワタクシはただ密やかに日本の大自然を満喫して余生を謳歌しているだけのごくありふれた野生生物ですので、基本的にはこれだけあれば充分のケチな生き物なんですし」
暗い表情でロープを握る手を小刻みに震わせているトールに気付いた自称カッパが、言い訳のようなものを唱えながら、どこからともなく取り出したワンカップの安酒を頬に寄せて微笑んだ。
所々欠損している乱れた歯並びも構うことなく無垢な笑みを浮かべる、檻に入った女性用下着姿の中年男に、
「これは……別の意味で地方公務員の手が必要になってきたかも知れんな……」
「いや、こうなると逆に先生の判断が正しかった気がしてきてます、さっきはなんか楯突いたみたいな感じになってすみませんでした。
これはやっぱりニジマスですよ、このまま川に沈めて自然に返しましょう」
言いながらロープを離す仕草を見せたトールに、
「あぁ!
ちょっと待って!
見捨てないで下さい!
本当に今、この辺りは食糧難なんです!
これだけあれば充分なんて見栄張ってすみませんでした!
何か少しでいいので食べ物を分けて頂けませんか!?
食べ物をくれたら何かその分の働きはしますから!
とりあえずここから出して下さいよ!
お願いします!」
自称カッパが慌てて檻をつかみ、がちゃがちゃと音を立てながらあちらこちらと押したり引いたりし始める。と、
「って、あれ、開いた……そして出られた……」
「当たり前だ、動物用の罠なんだ、鍵とかそんなのは付いていないのだからな」
「へへ……なんかお騒がせしちゃったみたいですいません……」
本当に驚いたような顔で檻を出た後に、中年が済まなそうに笑いながら片目をつぶってみせた。
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