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第一話:吊り橋とカッパの親子と地下室のサクラ(八)
「先生……どうしましょう……こんな不愉快な生物に遭遇したのは生まれて初めで、ちょっと頭がどうかなりそうなんですけど……。
気を抜くといつの間にか無意識にも水底に突き落として大きな石でも投げつけてやりたくなってしまいそうで……」
「落ち着け、トール君。
これがカッパだろうが変質者だろうが、とりあえず直ちに何らかの害を為すつもりは無さそうじゃないか。
ならばここはいったん私に任せて、お前はちょっと、あっちで森の樹木が発する癒やし物質フィトンチッドでも吸い込んで気を安らげてこい」
「えぇ?
先生一人で大丈夫ですか?
こいつがカッパだろうと異常者だろうと、力任せに襲ってきたらいくらなんでも先生じゃ対抗できないですって、駄目ですよ」
「問題無い。
有機リンようかんもあるし、ニジマス駆除用に念のため改造スタンガンも用意して来ているからな。
通常の百倍の電圧で、研究所で試した時は一瞬でサンマが食べ頃にこんがり焼けたぞ」
「そんなほぼ雷みたいな電圧の道具を持ってたら、それはそれで先生が地方公務員に事情を聞かれるやつですけど……いや、それでもですねぇ……」
心配そうにユサギの顔を見詰めつつ、一瞬ちらりと中年に目をやると、そいつは人差し指の先を頬に当てて首を傾げるような仕草を見せ、
「あぁ!
もう、なんだろうなぁ、この不快感は!
駄目だ!
これ以上こいつを視界に入れてたら気が変になりそうです!
すみません、先生!
でも本当に気を付けて下さいよ!?
すぐ戻りますから!
一瞬だけフィトって来ます!!
っていうかお前、先生に何かしたらマジで埋めるからな!
仮にお前が本当に絶滅寸前の最後の生き残りのカッパだったとしても、僕が種を絶やしてやるからな!
そこから一歩も動くなよ!!」
「いやいやそんな……妙なことなんて決して致しませんので……。
あと……カッパというのはこういう生き物なんですので、何か見た目的な部分で不快感を与えているのならば、そこはどうかご勘弁を……」
「うるさいんだよ!
嘘なんだろ!?
どうせただの変態なんだろ!?
そういうカッパの設定とかもういいんだよ!!」
トールは自称カッパをにらみ付けてイライラと吐き捨てると、ユサギに軽く頭を下げ、小走りに低い土手を駆け上がり木立の間で深呼吸を始めた。
その姿を横目に、
「悪いな、あいつはイタリア育ちの生粋の女好きなんだ。
お前のような生物の存在は深層的、生理的な部分で耐えられないと見える」
ユサギが小さく笑い、
「さて、そんなことは置いといて、だ。
お前がカッパであるかどうかの証明は残念ながら今ここではできない。
解剖したとて、そもそもカッパの臓器がどうなっているのかなど、文献も存在しないだろうから比較のしようも無いしな。
だからいったんそこは度外視した上で確認するが……お前さっき、『食べ物をくれたら何かその分の働きはします』とか言ったよなぁ?」
顔の前で両手の指を伸ばし爪のチェックをしている自称カッパに向かって、不敵な表情を浮かべた。
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