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第一話:吊り橋とカッパの親子と地下室のサクラ(九)
「……で?」
運転席のトールが、バックミラーをちらちらと見ながら憮然とした顔で荒くハンドルを切るが、
「なんだ」
背もたれを大きく傾けた助手席からは、ユサギがあくび混じりに返事をする。
「目の錯覚じゃないかとは思うんですけど、後部座席に僕の弁当を無心に頬張っている自称未確認生物の変質者がいるような気がするんですが」
「ん?
あぁ、錯覚などでは無いぞ。
色々詰問してみた結果、うちで飼育することになったんだ。
何やら意外と色々役に立ちそうだったのでな。
なぁ?」
軽く首を曲げ後部座席に声を掛けるユサギに、
「はい……一応、簿記とか秘書とか司法書士とかの資格も持ってますし、大手企業で働いてたこともありますので……」
「お前やっぱりただの元事務職の変態のおっさんだろ!?」
「いやいや……カッパです。
おっと……皿に水分を補給しないと」
と、自称カッパは首を横に振りながら、黒いブラジャーのすきまからキュウリ型の小さな醤油差しを取り出し、キャップを開けると、中に入っている透明な液体を頭頂部に勢い良く浴びせかけた。
「……しかし……カッパなのは構わんのだが、その格好で生活されては早々に地方公務員に捕獲されてしまうのではないか?」
「そうですね。
まぁ僕は別にこんなもん、むしろこの道中でこちらから突き出しても構わないと思ってるんですけど。
あーあ、そこらで検問とかやってないのかなぁ」
ユサギの言葉に頷きながらもちらりと後部座席を伺い、ブラジャーの隙間から今度はつやぷる的なリップを取り出し唇へ滑らせているカッパにトールが大きめにぼやく。
自称カッパは、自分の顔を映そうと首を伸ばして覗き込んだバックミラー越しに、その邪険な視線に気が付き、申し訳無さげにその首をすくめると、
「ご心労おかけ致しているようで申し訳ございません……とかく世間は不可解な希少生物に対して風当たりが強いものですから……」
と舌を出してみせた。
「そういう話をしてんじゃないんだよ!
単純な迷惑防止条例とか軽犯罪法第一条二十号違反だっつってん……!」
「まぁ落ち着けって、トール君。
我々としてはこいつがカッパである方が都合がいいんだ。
だからまずは、第三者に不当に差し押さえられてしまう前に服装ぐらいは人間っぽく偽装しておこうじゃないか。
……と、ちょうどいい、そこの客もまばらな紳士服屋にでも入って一式そろえよう」
そのユサギの指示に従い、舌打ちしながらも荒々しくハンドルを切って駐車場へと進入したトールの背後で、
「事務員の衣類は経費で落としにくいですが、制服として定めたものや社名を刻印したもの、ワタクシの職務上必要不可欠である作業着などであれば計上できますので」
「お前の給料から引くんだよ!
勝手に研究所の経費でどうにかしようとしてんじゃねぇ!
ってか給料出すんですか!?
もう現物支給でキュウリ二、三本とかで良くないですか!?」
トールが声を荒げ急ブレーキで停車した車内で、ユサギが「おっと」と膝の上のグゥラを抱え、後部座席では女性下着姿の中年が、
「……カッパは実はそんなにキュウリとか好きじゃないんですよ……」
と嘆かわしそうに首を振った。
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