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貴族令嬢の正しい流儀
「エマ、頼むからいつもの調子で振る舞うことは……っ」
「まあ、お父様。いつもの調子とは?」
婚約者の家から夕食の招待を受け、ガタゴト、という割には大した衝撃を感じない馬車の中、白けた表情を浮かべながらエマが続け様に言う。
「我が家はあちらと縁を結ばずとも困らないのですから。それならば私から歩み寄る必要などあるのでしょうか?」
「そうだ、だがな……」
「物心つく前の娘を既に嫁がせる約束まで交わすほどの友人なのでしたね、承知しています」
「ま、まあそうだな。そうだプレゼントした本はどうだったかな?」
「貴族令嬢の正しい流儀、という話題の教育本のことですね。一夜の関係を安全に楽しむためには、の項目は大変勉強になりました」
「エマ!」
冗談ですよ、しれっと告げるエマに、父であるケリー伯爵は「そんな項目があったのか」と小さく呻き頭を抱えた。
「とにかくお前の負けん気は理解しているが、時には受け流し身を引く技量も必要な場合だってあるだろう。もう二年後には成人の儀も控えている」
「それは先日のホームパーティーで、酔ったアランに水を飲ませてあげたことを仰ってます?」
「……彼のシャツにだろう」
「酔いも醒めたことでしょうね」
軽々しい口振りに、もう限界だ、と荒らげた声が響いた。
「酔っていたのはお前だ! 十六歳は確かに親同伴ならば飲めるがな、大人に混じって利き酒した挙句……あの後フォローが大変だったことがお前にわかるものか!」
「女性がそんなにワインに詳しくあるものじゃない。男の腕に控えめに触れ、どれを手に取ればいいのか分からない振りなどして縋ったらどうだ、本当に可愛げがない。なんて自分の無知の八つ当たりをするのですもの」
悪びれもせず男の口真似をした後、打って変わって真面目な声色で、
「しかしわざわざ水の入るグラスに持ち替えるくらいには冷静でしたし、せめてもの気遣いですから感謝して欲しいものですよね」
ワインの染みを落とす作業は大変だと聞きますし何より勿体ないですもの、などとどこ吹く風。
ああ馬鹿馬鹿しい、と生気の抜けた表情でこめかみを押さえ、もう一方の手で追い払うような仕草をし、
「もう良い。黙って外でも見ていなさい」
とそれ以上は口を閉ざした。
(はぁ、そちらこそ。もううんざり)
互いに無言のまま、流れる見飽きた景色をぼんやりと青い瞳で眺めていると馬車は止まり、すぐに外から伺いの声が掛かる。
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