鳥かごの姫を救う手はー魔術を仕込まれた女と聖なる騎士ー

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 賢者が住んでいたのは王都から離れた僻地だった。馬車を走らせても十日ばかりかかるというが。賢者は馬車の従者と馬に何か魔術をかけたのか、異様な速さで王都へ到着した。  お見合いをするとされた日の二日前である。おそらく早々に相手と会わせて、お見合いを破談させようとしたかったのだろう。お見合いの会場はそれなりに良いところだったが、そちらに向かわず、お見合い先の男の家に向かう。  一度そちらで顔合わせすることになっていたのだ。 「リトラ嬢、こんな早くに到着するとは……」  雨が降り出した晩に来ていたというのにお見合い相手であるオルクスは、私を歓迎してくれた。濡れた外套を乾かさせてもらうことになり、フックに掛けながらオルクスをちらりと見た。オルクスは見るだけで、惚れ惚れする黒髪の青年だった。鼻筋が通る整った顔立ち、騎士であるということもあって、しっかりした体つきだった。聖者の血筋も持っていると事前に知っていたので、断るとはいえ、こんな立派な青年とお見合いをする自分が、なんだか恥ずかしい。思わず赤面しそうな自分がいた。    この立派な青年に比べれば、賢者の道具に成ってしまっている自分はどれだけ惨めか。  私は私の視線に気づいたオルクスから、そっと目をそらした。  オルクスの家には住み込みの使用人がいないらしく、オルクス手ずからで私に飲み物や軽い食事を出してきた。  正直その行動に目を見張ってしまったが、他人の家の台所の状態などを知らない私がうかつに、手をつけるわけにもいかず、ただただ歓待を受けるしかなかった。  オルクスにお見合い前から、諦めてもらおうと思ったのに、一体何をされているのか……断れない自分が情けない。  そう思いながらも、オルクスの用意したサンドイッチと紅茶を飲むと……目を丸くした。 「おいしい……とても食べやすいというか」  騎士で多忙だろうし、使用人が普段の食事を作っているのだから、味に対してほとんど期待してなかった。しかし実際に口をしていると……肉と葉物野菜が柔らかなパンに挟まっていて、とても味が良かった。いくらでも食べられてしまいそうだ。 「ありがとうございます、ウチに来ている使用人が、それなりの年齢で……手伝いをしてるうちにいろいろと覚えてしまいました」 「そうでしたの……奇遇ですね、うちもそうなんです。古紙を悪くされてもウチで働いてくれて、今度湿布薬でも贈ろうかと……」  そこまで話して、ハッとした私は口をつぐんだ。 これから、食事の親切をしてくれたオルクスに、お見合いをなかったことにするよう言わなければいけないのだ。自分は所詮、賢者の所有物に過ぎないのだから。  なんとも言えない気分だった。賢者以外とろくにしゃべることのない生活をしていたのもあって、人と話すのが久しぶり。この楽しい時間を自ら手放さないといけないと思うと……。  いけない、わがままを言っては。  私はため息の出そうな自分を堪え、オルクスを見る。 オルクスは何故か憂う目で私を見ていた。 「あなたはいつから、そんな目をするようになったんですか?」 「え……?」  初対面とは思えない言葉に、私は思わず固まる。 一体どうしてそんな言葉を……声の響きに何か懐かしむようなものを感じた。  戸惑う私の耳に、急に玄関の扉を勢いよく叩く音が聞こえた。聞いてるだけで心が怯えそうなくらい、切羽詰まった叩き方だった。  目を見張る私を落ち着かせるように、手で制した。 「大丈夫です、落ち着いて下さい……これから少し騒がしいかもしれませんが、ただ黙って頷いていてください」  一体どういうことだと質問する間もなく、オルクスは玄関の鍵を開ける。すると武装した騎士達が二人、なだれ込むように入ってきた。雨に濡れているので、相当駆け足でやって来たようだ。しかし同じ騎士団の仲間であるオルクスの元に武装してくるほどとは一体……と固唾を飲んで見守っていると。 「オルクス! 賢者の弟子は来ていないか。こちらに向かっているという情報は掴んだんだが、その後の情報は不明なのだ」  突然の自分の所在が話題になると思わず、私は半歩下がってしまった。オルクスは私の動揺をよそに、落ち着いた調子で返答を返す。 「いえ、残念ながら。ただ二日後に会う話だったので……そちらの会場でしたら、来るのではないでしょうか」 「なるほど……」  頷いた騎士達だったが、視界の端に私の姿を見たのだろう。 いぶかしげな視線を一斉に向けてきた。 「そちらの娘は……」  オルクスはなんでもない様子で私を手招く。緊張でガチガチになる私にこう言った。 「この子はウチの使用人になる子です。知ってるでしょう、うちの事情。そろそろ若いのをいれないと、可哀想なので」  私はオルクスに頭を下げてと囁かれ、操り人形のように頭を下げた。そしてオルクスの言葉を肯定するように頷いた。  それを見て騎士の二人は納得したらしい。屯所に戻ると踵を返した。が同時に。 「賢者の弟子が現われたら捕縛するんだぞ、賢者が違法魔術で捕縛対象となった以上、関係者である弟子も同罪だ……!」  バタンと扉が閉まる。私は自分の顔から血の気が引くのを感じながら、膝をついた。  賢者が捕縛対象……? そして私も……?  まったくもって意味が分からず、けれど事態の重さに唇が震えた。賢者が捕縛対象になったのなら、私はもうドコにも居場所がない。どうすればいいのだ……。
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