6人が本棚に入れています
本棚に追加
「リトラ嬢、大丈夫ですか。顔色が……」
オルクスが膝をついた私の側に寄り添った。
「……どうしてこんなことに」
オルクスは震えきった私の肩を優しく掴むと、意を決したように語り出した。
「あなたの師匠である賢者は、以前より違法魔術の嫌疑がかかっていたんです……膨大な魔力の収束が見られていた……というのが根拠だったのですが、直接の証拠は何もなく、ただあなたを自分の館から出した際を狙って、突入したようです」
「そんな、賢者様はどうなったんですか……」
自分にひどいことをしていたとはいえ、恩義のある賢者は心配になる。オルクスは静かにこう言った。
「捕縛はされたそうなのですが、その瞬間に自分を氷付けにする魔術をかけたらしく……封印魔術というのでしょうか、ひとまず王都の魔術研究所へ運ばれたそうですが、続報はありません……」
オルクスの言葉に愕然とせざるえなかった。あの強い賢者が、自らに魔法をかけて自分を封印したとは、簡単には想像できなかった。しかしオルクスの声にウソが含まれているとも思えない。落ち着いた誠実さのある声だった。
だとしたらまさか。
「彼の中で魔術は完成していたってことなの……」
私の言葉にオルクスは静かに瞼を閉じた。
彼が考えていることと、自分の考えてることが交わっているような気がした。
賢者を含む魔術師というものは、自分が死しても残る魔術を残したがるという。そのために先祖から継いできた知識と、魔力を費やしていくのだと。
賢者は私のことを自分の最高傑作と言っていた。彼は、私にこめた魔術を磨き上げることに一生懸命だったのだろうか。
完成しても、なお改良をめざしたというべきか。
追い詰められた賢者は死を選ばなかった。封印魔術をかけてでも生き延びようとしている。しかし王都の研究所にはこびこまれたら、さすがの彼も……
私は何も言えず、眉を寄せた。
賢者は死んだようなものだが、唐突に放り出されたような身。
あげく私は犯罪者として追いかけられている。
さいわい、私は館の中で何年も過ごしていたし、普段は顔も見せないように生活するよう命じられていた。悲しいことに使用人の老婆すら、私の顔を知らないのだ。
だけど、どうすれば……
唐突な自由は私に混乱しか与えない。
実際問題、この知らない土地でどう生きていけばいいのだ。
不安で胸が押しつぶされそうになる。
こんなことになるとは、一体何の救いであり、罰なんだろう……頭が痛くなる。私は重く息をついた。
自分でもわかるくらい、顔から血の気が引いていく。
大海にいきなり放り出された小舟のようだ。いつ波におそわれるか分からない。心細い……思いを唇を噛んで耐えしのごうとした。
「リトラ嬢……そんなに唇を噛んでは血が」
オルクスは絹らしき布で私の唇にあてがう。うっすらと布に血の赤が移っていた。
「もうしわけないです……! こんな素敵なものに、血を」
オルクスは頭を横に振った。
「いいえ、いいのです……私はあなたを少しでも助けたいんです。あらゆるものから」
そして私の体を抱きしめた。情熱的な何かを感じさせる力強い抱擁だった。熱が全身に伝わる。彼の吐息が耳にかかり、私はその熱に浮かされるように顔を真っ赤にした。
彼の仕草に、真心感じてしまった。
同時に、疑問も湧いた。
どうしてオルクスは、こんなに私を想っているのだろう。
私を助けようというのだろう。私は今や、犯罪者と同義なのに。
私は小さな声で聞いた。
「どうして私を、助けようとしてくれるの……初めて会った私に」
私の言葉に、寂しさを感じる声で、オルクスは返答した。
「……僕を忘れたのかい? リトラ」
「え?」
突然人称がかわったことに驚き目を丸くする。彼は片腕だけを私から離し、黒髪の頭を書き上げた。
するとそこには傷があった。髪の毛で隠れてしまいそうなほどではあるが、小さな傷があった。
そしてその傷に、私は、驚愕した。
まさか、そんな……けれど、その傷があるとしたら……。
「アルスなの……」
彼は、ゆっくり頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!