鳥かごの姫を救う手はー魔術を仕込まれた女と聖なる騎士ー

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その瞬間、私は涙を一筋流した。  想わぬ再会……私が初めて心惹かれたアルスに、ここで会えると思わなかった。それが嬉しいと同時に悲しくて、こんな身になってしまったことに、今までで一番苦しい気分になった。こんな、穢れた身で、会いたくなかった……。 「っ……あぁ……」  私は嗚咽を漏らす。それはまるで自分を呪うような声だった。彼は再び私のことをぎゅっと抱きしめた。 「大丈夫……僕は君を守る、あの時だって、今だって…  オルクス……幼い頃はアルスと名乗っていた彼は、私と孤児院時代、一緒に過ごしていた少年だった。元は尊い血をもつ貴族だったそうだが、没落し、孤児院に入れられた。 しかし生まれながらの高貴さを持っていた彼は、いずれ収まるべき場所に収まる。また高貴な身分として復活すると見込まれていた、特別な人だった。  だが存外彼は気さくな性格で、人当たりがよく、子供らにも大人にも評判が良かった。そんな誰からも好かれていたアルスは、私を随分と可愛がってくれた。 「リトラ……あぶないよ、そんな高い木に登っては」 「この上に……鳥の巣があるの! 小鳥たちの様子を見ないと」  私は当時おてんばだった。木登りが得意で、孤児院のシスターにはしたないと怒られたものだった。アルスは怒られている私にそっと、目をつむるといいよと教えてくれた。目をつむって嫌なことをやりすごせばいいと、言ってくれた。  私はアルスが大好きだった……その日だって小鳥たちの愛らしい様子を伝えたくて、危ないと言われた木にのぼったのだ。ごつごつとした木肌や枝を経由して、軽々と私はのぼっていく。もうすこし、もうすこしで、小鳥が見られる。そう思ったとき、ずるりと足がすべった。木肌がなにかで濡れていたようだ。だが、あっと空中に投げ出された私は地面に直下する。このままじゃ大けが、いや死ぬかもしれない……そう思ったとき、私を受け止める腕を感じた。 「リトラ……!」  アルスが私を全力で受け止めた。だが落ちた衝撃は重く、彼はごろごろと若芽が芽吹く原っぱを転がる。彼が守ってくれたおかげで、全身に強い衝撃があったが、私は体を起こすことが出来た。ふらつく意識の中で彼を見る。するとそこにいたのは頭を血だらけにした、アルスの姿だった。 「あっ……あぁ……いやぁあああああ」  彼はすぐに孤児院からすれば破格の治療を受けることになった。私はアルスに怪我をさせたと重い罰を受けたが、真っ暗で狭い納屋に閉じ込められてもかまわなかった。自分のせいでアルスを傷つけた負い目と無事でいて欲しいと必死に願う気持ちが混在し、ただただ毎日祈っていた。  幸い彼は額に傷をつくったが、本来死ぬであろう事故から生還した。彼の中に流れる聖者の血が、その力を解放し、彼を守り回復させたのだ。  回復した彼は、鳴きじゃくって謝る私にこう言った。 「いいんだよ……キミが無事でいれば、僕はキミを守るって決めてるんだから」 「だけど、だけどアルスに傷が……」 「これは僕の誉れさ……キミを守ったというね」  私はどうして彼がここまでしてくれたのか、分からなかった。そして子供故か、その疑問を彼にぶつけてしまった。  彼は少し寂しそうな目をすると、私をそっと抱き寄せた。  そして額に優しく口づけした。 「僕は、キミが本当に、大好きなんだ……」 「アルス……」  その会話が最後になろうとは思わず、私は恥ずかしくなってその場から去ってしまった。孤児院の片隅だった。 灰色の外壁の側、ツタが這う……うら寂しい場所だった。  アルスは追いかけてこず、ただ私の走り去る私の背中を見ていただろう。  謝ろうと思っていたのだ、アルスの告白を無下にしたとわかっていたから  しかしアルスは翌日には、もう孤児院にいなかった。とある高貴な家に引き取られたとシスターは言った。それは以前から決まっていたと言える、予定調和のことだった。私はなんとも言えない感情に襲われ、後悔した。切ない感情だった…… 「アルス……」  名前を呼ぶだけで甘美で悲しくなった。  しかし私の感情はよそに、まもなくして賢者に私は引き取られたのだ。  そして長い年月が経った。  少し落ち着いて、暖炉のある、革張りの座椅子が置かれた部屋に招かれた。張りがありながらも座り心地の良い座椅子に、もたれたかかるように座る。  私は呟くように言った。 「新しい家に来ることになって、名前を改めたのね……アルス」 「ああ、アルスは貴族の息子としての名前。新しいイエに来た以上、新しい名前で生きなきゃいけなかった……それがオルクスさ」  私は短時間で起きたさまざまなことに動揺と疲労を覚えていた。けれど会いたかった人と再会できた喜びで自然と笑みがこぼれた。 「アルス……会いたかった、ずっと会いたかったのよ」  あの時の、返事をしなければいけない。ずっとそう思っていた。野ばらの棘のように胸の奥に刺さっていた。 「僕もだ、この見合い話を出されて、昔のなごりを残したキミの肖像画を見たとき、絶対会いたかった。あの日以来、手紙すら交わせなかったから……」  私とアルスの距離は自然近づいていく。あと少し、もう少し……私は意を決した。 「アルス! 私はっ……」  意識がゆれた。頭が強く殴られたような衝撃。どくんどくんと激しい動悸を感じる。荒く息をつき、立ち上がりかけていた私は床に転がった。
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