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「リトラっ、どうしたんだ」
彼が慌てた様子で抱き起こした。そして驚愕したように目を見開く。
「あっ……あぁっ」
私の体に賢者によって刻まれた魔紋が、禍々しい光をまといながら浮かび上がっている。締め付けられるような痛みを全身に感じ。私は動けず何度も呻いた。
「うっ……あぁ、見ないでぇっ……」
こんな醜い体を、大好きなアルスに見せたくない……必死の懇願だった。アルスは私の声に顔を歪めた。
「この魔力は……違法な大魔術は、キミに込められていたのか」
彼はぎゅっと拳をにぎった。昔も今も優しい彼にしては殆ど見たことがない怒りの感情だった。
私は熱に喘ぐ子供のように、言った。
「ごめんなさいっ……こんな体になってしまって……はあはあ……あなたに、知られたくなかった、んっ……は、あぁ」
熱い、熱い……このままだと自分は燃え尽きてしまうのではないかと思う。私に魔紋と刻まれた賢者の魔力が暴走している。彼がいなくなっても。彼が残したモノが私を苛み続けるのだ。どうしてこんな目に……私はどうして、生きてるの……。
意識があいまいになりかけた時、アルスが私に言った。
力強く頼もしい声で。
「大丈夫だ……言っただろ、僕はキミを守るって」
彼はそう言うと、自分の指を噛み、ひとしずく私に血を垂らした。そして私を血を垂らす。その瞬間、私の中で暴走する魔力が一瞬であったが鎮静した。
「これは……」
「僕の血には癒やしと加護を司る聖者の力が宿ってる……賢者の操る魔力と相反する力だ……だが外部から当てただけでは一瞬の鎮静にしかないだろう」
彼は一瞬言葉をとめた。しかしなにかを振り払うように、言葉を吐いた。
「血を体内に直接入れないと」
アルスは私に血の滴る指を指しだした。
「舐めて、リトラ……そうすればキミを苦しめる魔術は、力を弱める」
躊躇うことができなかった。目の前のアルスの指からしたたる血が、聖水のように感じた。私は彼の指に舌を這わす。
血を吸い、指についた血の汚れすら愛おしくて、ぴちゃぴちゃと水音を立てるように舐めていく。甘美で淫靡な時間だった。自分はこんなに飢えていたのかと思うほどに、血を欲している。もっとと願うと、私の体の異様な熱は静まっていた。
「アルス……アルス……」
血によって魔術の暴走が落ち着き、理性を取り戻すと私は自然に泣いていた。
それは今までの悲しさや苦しい感情から流れ出す涙ではなく、感謝の涙だった。
「あなたはいつだって私も守ってくれる……私はどうすればいいのか、分からないの……」
あふれ出る思いが言葉ににじんでいく。私はぎゅっと拳をにぎった。
「いいんだよ、僕の力があればいずれキミは普通の女性に戻るだろう……僕はキミから全ての憂いをとりはらいたい」
あくまでどこまでも優しく、労ってくるアルス。
その姿が私の感情を更に加速させる。
私はかつて自分がされたように、彼の額に口づけた。
「好きよ、あなたが……あの時からずっと、愛してるわ」
彼は目を見開く。そして嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう、ずっと僕も君を愛してる」
私達は互いに手を取り、そして静かにキスをした。
温かく優しいキスだった。アルスの体温が私の心の痛みを溶かしていく。
いつのまにか外は、夜明けを迎えようとしていた。朝焼けが私達を包んでいく。
私達の物語はココから始まっていく。
私の人生は鳥かごのいるようなものだった。
閉じ込められた世界で、永遠に変らないまま生きるのだろうと。けれど、今、鳥かごから私は解き放たれた。
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