迎えの来た日

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迎えの来た日

見渡す。 「迎えに来た」 見渡す。 一面の草。 僕の家。 誰だ。 誰か。 誰かが。 かか様と、とと様と、僕の家。 「あの子はまだ幼い。もう少しだけ許せ」 「ご隠居。殿は引き取ると仰せだ」 とと様が誰かと話している。 「倅に孫を取られるなど…側室の子になぜそう拘る」 「もとはあなた方があの子を疎んだのでしょう」 かか様の声も聞こえる。 「熊。声が聞こえるか」 傍らの友に小さく囁く。 返ってきたのは短い唸り声だった。 「正室である椿姫の御子は女子ばかりで後継ぎにはなれぬ。ご隠居とて分かっておられるだろう」 誰かはとと様に言い聞かせるように話しかける。 うう、とまた熊は唸った。 「私たちは七年、あの子を育ててきました。それを取るようなことを…」 「…ご隠居。殿も実の父親に武にものを言わせるようなことは望んでおられぬ」 かか様の話を遮った。 「ならぬ。お帰り願おう、頼光殿」 「ご隠居も頑固になりましたな。全く、老いぼれは黙って頷いていればいいものを」 誰かの声色が変わり、家の周りを囲んでいた人が動く。 鈍色の硬いものに身を包み、斧よりずっと細く、かか様の使う包丁よりずっと大きい刃物を構える。 ふと背筋に悪寒が走った。 「熊、行け!」 友に飛び乗り、熊が走り出す。 力強く土を踏みしめて、誰か…とと様のそれよりもずっと立派な着物を着た男の前に躍り出た。 「曲者め、とと様とかか様に何をする!」 「ほう。この子が」 男は目を細め、しかし傍にいた熊にぎょっと目を見開いた。 「熊だと…⁉︎斬り伏せてくれる!」 「熊、気をつけろ!」 男が周りの人間と同じ刃物を熊に振り下ろした。 熊が自慢の怪力で押しのける。 「頼光殿をお助けしろ!」 周りに立っていた人間が熊に跳びかかる。 「皆の者、頼影を…老耄を討ち取れ!」 男の言葉で、人間はとと様の方へ刃先を向けた。 斧を片手に、とと様の前に立ちはだかる。 「小童一人に何ができようか!」 「試してみるがよい、曲者ども!」 あのような弱々しい刃物で、この斧に勝つことなどどうしてできよう。 この斧で、何本もの大木を切り倒してきたのだ。 今更、棒のようなものに負ける道理などない。 振り下ろされた刃物を斧で叩き折る。 隙のできた人間の腹に斧のみねを打ちつけた。 「小癪な小童めが!」 次に向かってきた人間もきり伏せる。 「貴様…!」 「同じことだ」 「待ちなさい」 かか様が人間の前に立ち塞がり、僕を振り返った。 「力は、傷つけるためにあるのではないと…そう、とと様とかか様は教えたでしょう?」 「しかし、かか様」 「いけません。斧をおろしなさい。大丈夫、あなたはかか様がどうやってでも助けます」 かか様に宥められ、ゆるゆると斧を下ろす。 「…熊」 離れたところで爪を振るっていた熊も、攻撃をやめて人間を押し退け、僕のところへ戻ってきた。 「すまないな、熊」 熊は気にするなと言うようにグゥと鳴いた。 「頼光殿。さあ、連れてお行きなさい」 「お梅!何を…」 「頼影様。今、私どもに何ができましょう…。このままこの子がここでたくさんの兵を傷つけて都で不自由な思いをするのと、殿のもとで立派なお侍様として出世するのと…」 とと様は喉の奥で低い声を出す。 「…そう、だな。お前の言う通りかも知れぬ、お梅。頼光。くれぐれもよろしく頼むぞ」 男が着物の埃を払い、やっと分かったか、ととと様を見た。 「お前に不自由な思いはさせたくない。分かってくれるか?」 「…とと様とかか様の言いつけならば」 七年もの間世話をしてもらったのだ。 しかしこれで、森の友人ともお別れか。 「熊。達者でな」 ウゥ、と切なげに鳴く。 「ほら、ついて来い。都では丁重にもてなしてやろう。お前は今日から、そうだな…金時。坂田金時と名乗るがいい」 僕は名残惜しく後ろを振り返りながらも、男について馬に乗った。 馬も兵も森の裾に見えなくなって、二人は崩れ落ちた、 「許しておくれ…金太郎…」
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