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「それ、なに?」
「んん〜?………なに?」
「だから、それって何かなって…」
横をチラリと見る
真剣に唸りながら東は三角フラスコのガラス容器の中に
ピンセットで馬の人形を詰めていた
「…入らないんじゃない?……それ」
「入る!入れさせていただきます!」
真剣な表情で変な日本語を使っていた
あ、首が折れた
「えーこれかわいい。こっちも良くない?どっちがいいと思う?」
「うーん、私もどっちでもいいと思うけど、夏帆ちゃんの好きな方にしてみたら?」
「うんそうだよね。じゃどっちも入れちゃお!」
中に入れるプラスチックでできているだろう造花を
カラフルに、というか全種類入れている
欲張りセットと横で東が言う
俺を間にして佐和田が睨む
間にいても怖かった
その佐和田の前の横田は静かに微笑み
派手さはないが淡々と花や人形を入れて作っていた
そして俺の正面で真顔で作業している透は
まるでライン作業のような手捌きで腕を動かしていた
何故手馴れているんだ…
シンプルな丸い瓶にコルクがついている瓶だ
それに青い砂を入れて真ん中に白い薔薇を入れている
真ん中には寄り添うように白い猫がいる
シンプルで綺麗だった
じっと見つめていたらしく
透に睨まれる
「ご、ごめん」
慌てて自分の作業に戻る
俺は材料を見る
赤青緑に黄色と白の砂
そしてラメが入った溶液や造花と人形
どうやって作ろうか思いつかなくて
手が止まっていた
うーん……
こう言った作業は嫌いじゃないけど
じっくり考えて構成を立てて作りたいな
悩む……
何かをモチーフにした方がいいのだろうか…
一人でうんうんと唸る
…工作とかってほんと個性が出るなと思った
何気に高校生でも最初は揶揄いながら始めている人もいたけど
いざ始めると夢中なようで
楽しそうに作っている
俺はフッと閃いた
そしてそのまま作業に取り掛かる
「できたーーー!」
「うっさ!バカ東!」
俺たちの班も完成したようだ
俺だけがまだ仕上げの手前で慌てる
「大丈夫だよ真咲くんまだ時間あるから」
横田が時計を見る
俺は曖昧に頷いた
「わぁー真咲くん上手!かわいい!」
「そ、そうかな」
「はー女子はなんでもかんでも可愛い可愛いって言えばいいと思っていやね〜」
「はぁ!?あんたに女子の何がわかるのよバカズマ!ねぇさな」
「うふふ、どうかな意外とそうかもよ」
「俺の名前を馬鹿と合体させんな!」
挟まれてぎゃーぎゃーと騒いでいる
よそでやって欲しいな…
チラッと上目遣いで見ると
透君はとっくに作業を終え
つまらなさそうに頬づえをして
…僕の手元を黙ってみていた
や、やりにくい
俺は横長の四角い瓶を選んだ
傾けて白い砂を入れそして反対側に青い砂を入れる
少しラメを入れた
そしてピンセットを使い
指先が震えながらなんとか海辺を表現する
なかなか悪く、ないんじゃないか?
最後に……に、人形を添えて………
ぷるぷると震える指先を片手で抑えながら
なんとか砂浜に置く
で、できた!
白と青のコントラストの海辺に
水平線を見るように黒猫が鎮座している
……ちょ、ちょっと透君を意識してしまったかもしれない
ちょっとバツが悪くなる
「可愛い〜!海見てるんだ猫ちゃん」
高い声で佐和田が肩をくっつけながら言う
重たい…
「マジだ!俺のアームストロング六世といい勝負だ!」
その首が曲がって明後日の方向を向いている馬の名前だろうか
でも白と緑が混ざった草原を模した砂が
草原を走っている馬の姿がよく似合っていて
少し首が曲がっているのが気になるぐらいで
良い出来に見えた
透君はどう思っているんだろう…
窺うと建物の外をあくびを噛み殺しながら見ていた
…飽きちゃったかな
「ならさ!こっちの猫ちゃんも入れようよ!ほらカップルみたいで可愛いよね!」
佐和田が摘んだ桃色の長毛種の猫の人形を持っていた
それを瓶に入れようとしている
「あ……」
白い猫にぶつかる様に桃色の猫が置かれた
シンプルで統一した世界が
他人による介入でまるで自作とは思えなくなった
………
「おいおいお前さ…」
「いやいいよ」
「でも」
嗜めようとしてくれたあずまを作り笑いで制す
納得はしてない様で膨れている
「あっ!こっちのリボンとか可愛いよ絶対良くなる!」
そう言ってポンポンとピンセットで詰めていく
俺は苦笑するしかなかった
はは、すごいなぁ
カタンッ
椅子が立ち上がる反動で動く音がした
「あっ!ちょっと!」
「…」
正面から机に身を乗り上げる様にして
透君がピンセットを持って
素早い手つきで俺のであったハーバリウムの製作中の瓶にに詰められたものを取り除いていく
ノンストップで動き元の箱に詰められていく
その迷いのなさと動きに誰も言葉を発せず
みんなで見つめていた
「…ふん」
取り除いて満足したのか鼻から息を吐き
そして椅子に座った
…
「…ちょ、ちょっと風切君!勝手に何するのよ」
「…何って、勝手にいじられた物を元に戻しただけだけど、何?」
佐和田が言い終えたと同時にまるで言葉をつなげる様に告げる
想定範囲内の反応だったらしい
それに佐和田は怒った表情をしている
「風切君に関係ないでしょ!」
「そっちにも関係ないよね」
二人は対極の様相で見つめ合う
睨む佐和田と真顔でつまらなそうな顔の透君
「真咲君と合作だったのよ!何で邪魔するの?」
「合意とったように見えなかったけど?邪魔するつもりないし見ていて可哀想だったから」
可哀想発言に佐和田は目を丸くし東は笑いを堪え
横田は曖昧に笑い
俺はあわあわとしていた
佐和田に逸らされていない透君の瞳をただ見ていた
そのあとまるでQ&Aの様な質疑応答で
分が悪くなったのか佐和田は俺に勝手にごめんね楽しくなっちゃってと笑顔で謝った
切り替えの速さに脱帽する
俺は苦笑いで頷く
「皆さんできましたか?各テーブルに液を配りますので私が手本をしますのでそれを良く見て、真似をして入れてみてくださいね」
係員のお姉さんがそう言った
俺は配られた五百mlのペットボトルに入ったハーバリウムオイル越しに透君を見た
透君は既に液を入れていて
茶色のコルクでキュッと栓をした
≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
外はさっきより晴れ間が出ていた
険悪な雰囲気がないまま俺たちは園内を歩く
赤茶のレンガの地面を歩き色とりどりの花壇を横目に
先に進む
前では三人が談笑しており
その後ろに俺がいてその斜め後ろに一人ほどの間隔をあけて透君が静かについてきている
話した方がいいよな
さっきは、多分庇ってくれたんだ
それが少し気恥ずかしく嬉しかった
うん、ちゃんとお礼言わないとな
よし!
「……ね、ねぇ」
少し吃ってしまった
返事は、なかった
もう一度
「ねぇ」
「…」
返事はなかった
…
首を動かし振り返る
横に植えてある花壇を遠目に見ながら
透君はイヤホンをしていた
……独り言になってたのか
透君が俺の視線に気づいた様だ
片方のイヤホンを外す
何の音楽を聴いているのかわからないが少しだけ
音が聞こえた
「…なに?」
「いや、えっと…さっきはありがとう」
つい首の後ろをかいて言う
俺の言葉に透君はキョトンとしたあと
何が?と言った
だからさ、さっきのだよさっきの
照れているであろう顔で
そう告げると合点がいったのか
あぁと小さな声が漏れていた
「別に、勝手にやったことだし」
「それでも、嬉しかった」
ふーんと言って黙ってしまった
…ちょっと気まずい
あのカフェの時の様には言葉が続かない
あの時はあの時で気まずい思いをしたけども…
「余計なことしたと思った…」
ポツリとそうこぼした
「え!そんなことないよ」
そうだ。そんなことはない
正直、あの作っていた自分の世界に
桃色のものが入った瞬間
俺は明らかに気持ちが萎えたのだ
「ふーん」
今度は普通の音量のふーんだった
これはなんのふーんなんだろう
怒っては、いないよな?
「何で何も言わなかったの」
透君は俺を見ずにいった
花壇向こうで噴水から水飛沫が上がり
それを見た家族連れが笑っている声が聞こえた
「それは…」
なんでだろう?
「…えっとせっかく気にしてくれたみたいだし。そこでやめてって言うのもさ良くないかなって」
我ながらあやふやで中身のない言葉だな
「なにそれ」
透君は俺を追い越してすれ違い様に
馬鹿みたい
そう言って追い越していった
先に入っていった彼らを追う
植物園に着いた
急足で園内を歩くと前に横田と佐和田が
クロッカスという植物を見て写真を撮っていた
「あ、来た来た!」
「ここ暑いねー」
二人が手招きしていたので近づく
確かに外よりは暖房が効いている様だ
「他の二人は?」
「知らなーい」
「私もわかんないや」
二人は同じ内容を別の気配を漂わせていった
「…」
俺はその場を立ち去ろうとしたら
腕を掴まれた
そして組まされる
今日は随分、し…積極的だね
「どこ行くの?ほらあっち見てみようよ!菜の花畑だって綺麗だよきっと!」
看板が立てかけられていてそこに写真と共にシーズン中!と書かれていた
それはつまり団体行動無視…というか既にバラけている
「でもほら、二人も探さないと…」
「大丈夫だよ高校生なんだし。いざとなったら連絡すればいいよ。ね、いこ?」
上目遣いで言われても困るよ
助けてほしくて横田を見るがただにこやかに笑っているだけだった
…
俺は少し雑に腕を外す
「ご、ごめんね。ついでにトイレ行きたいからさ!合流場所に先行ってていよ」
離れながら言った
後ろから何か言われたが俺は既に前を向いて走っていた
「おっ!いいんちょーじゃん!迷子かぁ?」
ヒスイカズラという鮮やかな、毒々しくも見える植物を見ながら東は白と紫のソフトクリームをぺろぺろと食べている
進行形で
「…それおいしい?」
「んあっ、食べる?んまいよ」
いらないと首を横に振る
交互に器用に舐めとっていたようで
上の部分だけ細くなっていた
「紫って何味?」
「へあっ、らべんだぁ」
口の周りをソフトクリームで汚しながら話す
俺は黙ってポケットからティッシュを取り出して
手渡す
東は既にコーン部分をガリガリと食べて口の周りを舌で舐めとり
あんがとっと言ってティッシュで口と手を拭いた
「んでどうしたの?」
「いや、逸れたのかと思って」
「んーとおるっちでしょ?あっち行ったよ」
何も尋ねる前に答えてくれた
何でわかったんだ
「何でわかったの?」
「んへっ、とおるっちノンストップで俺を通り過ぎてったからね」
合間合間に変な声を出しながら答えてくれた
「わかったよ。じゃあ探してくる」
他の人は集合場所にいるからと言って離れた
東はゆるゆると手を振っていた
見つけた
植物園の西の出入り口から少し離れた
人気のないところで咲いている桜の木の下のベンチで
目をつぶっていた
寝ているのか…
静かに近寄る
風が吹いて木の葉が擦れた音がする
ひらりひらりと舞い散る桜の花が
綺麗で透君の手の甲に桜の花びらが乗った
……
長いまつ毛が日陰から漏れた光で頬に影を落としていた
俺は黙って空いたスペースに座る
音がならない様気をつけて座った
人の波から離れたここは静かで
遠くの方から僅かに人の声や動く音が聞こえる
それよりも風に揺れる植物の擦れる音の方が大きく聞こえ
落ち着く場所だった
…隣を向くと透君の顔に僅かにクマができていることがわかった
寝れていなかったのかな
白い肌にそのクマは少し目立った
その眦に触れたくなったけど直前に思いとどめた
!
肩に透君の頭が乗っかった
これはどうすればいいんだ?
緊張感が体を駆け巡る
黒い濡れた様に艶めく黒髪が頬に当たる
そこからは吸い込むと少し甘い香りがした
……
変態かよ!!
内心でツッコんだ
同性の寝ている同級生の匂いを嗅ぐなんて…
でも、少しぐらいなら
と顔を近づけると
バランスが崩れたのか
前に倒れそうなのを咄嗟に肩に腕を乗せるように
抑えた
細くて小さな肩を支える
静かすぎる空間で心臓がバクバクとしているのがわかり
どうかバレることがない様にと祈る
スゥスゥと小さい呼吸が聞こえ
俺はほっとして
まだ灰色が占める空を桜の花越しに見上げていた
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