17人が本棚に入れています
本棚に追加
………
「おーい、いいんちょーさぁーーん….」
「……」
「んんー?……パクッ」
「あぁ!?何やってんのよあんた!」
「モグモグ…にゃってさ、もっらいねーじゃん…うま」
唇についた牛串の油を舌で拭いご馳走様いいんちょーと笑う東とその暴挙に苛立ちを隠せず怒り出している佐和田
横田は紙コップに入ったドリンク片手にスマホをいじっている
そして真咲は買ったクレープの後牛串を食べていた
のだが、一口食べて固まっていた
固まっている真咲を動かそうと東がちょっかいをかけるが反応はない
真咲の視線の先には小さな口で真顔だが必死に牛串を食べている風切透がいた
肉から溢れる脂が透の唇を艶やかせる
最後の一口を食べ終え透はポケットティッシュで口を拭う
その当たり前な行為さえ目が離せなくなっていた
「この後なんだっけ?」
「確か……一度時計台の広場に集まって集合だってぇー、あーこれ美味しい!」
「こっちも結構いけるよ」
女子二人がマイペースにどこで買ったのか小さいカステラにチョコソースをつけて食べていた
風が吹いて緑の絨毯が揺れる
その光景すら普段の河川敷の草より輝いて見えた
自分自身も少し後になって意味がわからないがそれだけ浮かれていたというのことはわかった
そのあとも俺は夢現で
記憶があやふやなままいつの間にか遠足の終わりに近づいていた
来た時とは違って夕焼けが園内を染め上げている
時計塔の下で黙って風に揺れる花畑を見る透君の横顔を見て僅かに胸が締め付けられるような苦しさと切なさを感じた
満足したのか、飽きたのか
バスに戻る透君の一瞬見えた瞳に冷たい感情を感じ俺は黙って去っていく後ろ姿を見ていた
ひやりと夢の水面に水滴が落ちて波紋を描きながら
映し出していた思い出の光景を虚しく消しさっていった
現実がいつも俺たちを無慈悲に追い詰めることを
俺はこの後否応なく知った
≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
あれからの日々は静かだった
学校生活は滞り無く過ぎていき、満開だった淡い色の桜は散って通学路が濃い緑に彩られていた
黒い学ラン姿では陽が出るうちは暑く
衣替えの季節となった
初夏である
「イェーーーーイ!」
バシャンッ!
キラキラと光を反射しながら水飛沫が上がり
波立つ水面に大きく波紋を浮かべながら陽気な声で飛び込んだ東は教師に怒鳴られながらも笑顔で濡れた髪をかき上げていた
そして俺も東の無差別水飛沫攻撃に被弾して濡れた前髪をかき上げた
?
なぜか悲鳴が聞こえたけど、なんでだろう
まぁいいか
プールから反射された光が眩しくて目を細める
「ウッ…、重いよ東君…」
「何憂いちゃってんの!」
そう言って俺に腕を乗せて笑顔の東が耳うちするように顔を寄せた
また悲鳴が聞こえる…騒々しいな
「……エロいこと、想像しちゃった?」
…………はぁ?
何を言ってるんだと思って東を見る
奴は目を細めてニヤニヤしていた
目を動かして誘導する
なんなんだよ…と思いながら顔を動かし見るとそこにはプールサイドに座り談笑している女子達がいた
内緒話をするようにして話し、クスクスと笑っている
この学校は体育の授業である水泳は男女混合らしい
プールを男女二分割にして授業を行い、今は自由時間だ
パシャパシャと水面を女子達が蹴った水飛沫が近くまで迫って、落ちた
俺の視線に気付き、何かコソッと話して笑った後手を振った
反射的に手を振りかえした
「モテる男はいいねぇー」
「別にモテてないと思うけど….」
善人は納得しないままスゥーと水面を泳いだ。同輩の喧騒が僅かに遠ざかり落ち着く。抵抗するプールの水を伸ばした両手で割り開くように水をかく。力を込めて二、三度泳ぐ運動をするとゆっくりと沈んだ。
脱力して体が沈む。ブクブクと空気の泡が水面に向かって浮上していった
それを水面に差し込む光を背景に眺めながらプールの底にたどり着く。少しだけ苦しいけど、この隔絶された空間にいたくて抵抗する
水中にいても鈍い音が伝わってくる。プールの反対側で自由に騒いでいる男子達がいたようだ
既に三分の二ほどの生徒はプールから上がって冷えた体を太陽に晒して暖めているのだろう
ユラユラ揺れる水面はまるで自分の芯のない心情を表しているようだった
あれから俺と透君は以前よりは接する場面が増えた
でも相変わらずというか、学校に来たりこなかったり早退したり授業に出なかったりとなかなか不良と言える行為を重ねていった。だが変わらないのは周囲の人間で居ようが居なかろうが気にしていない。多分俺以外は…
朝のHRでソワソワと透君が現れないか待っていたり、休み時間の度にフラフラと校内を歩いて探していたりと人には言えない行動を繰り返しており、一々話しかけられ何かと用事を任せられたり手伝わされたりと変化の少ない日々を過ごしていた
驚いたのはある日、東に横から誰か探しているのか尋ねられたことがあった。その時はぽかんとした後不審な動きで手を振りそんな事はしていないと否定した。ふーんと言って直ぐに話題が売店の月替わりのパンの話になった。わざとらしかっただろうに、気を遣って触れないようにしてくれたのかもしれない…と思ったが表紙が露出の多い女の子の漫画を俺に勧めてきてそれを女子に見られ詰られたから勘違いかもしれない
確かに俺は探していたんだ
俺はどうしてしまったんだろう。時間が経ってもわからなかった。兎に角考えを纏めると俺は透君が気になって気になって仕方ないらしい
もしかして恋?なんて過ぎったが、どうなんだろう?
しかも同性だ。俺も透君も男だ。というか、俺は初めてあった日に彼を、そのオカズにしてしまった
年頃の男だからそういうの自然だと思うけど、まさか同じ男に興奮するなんて思いもしなかった
今更だけど罪悪感もすごかったんだと、誰に言えるわけもなく言い訳をする
遠足以降、会えば雑談もするし彼の好きな本の話もする。登校しても直ぐに寝てしまうか本を読んでいるので自由人だなと思った。突然授業中に当たり前のように鞄を持って音もなく帰ろうとしたので呼び止めると、寒いから帰りたいと言って帰ってしまった。後日珍しく連日登校をしてくださったのにまた早退して帰ろうとしてたから呼び止めるとまた寒い…と言ったからすぐに机の横に下げていた鞄からホッカイロを手渡した
少し不思議そうな顔をしていて、ダメかと思ったら少し笑われてあー可愛いななんて思っていると透君は席に座り直しモミモミとホッカイロを揉んでいた
これが萌えかと実感した時だった
あっという間に春は過ぎ、初夏を感じた頃には今度は暑いと言って午後からしか登校しなくなりさらに登校数も減り、どうすれば透君が学校で快適に過ごせるようになるか必死に考えた俺は節電だと言って難色を示していた学校側に熱中症で倒れたりしたらこのご時世問題になると遠回しに言ったら各教室に備え付けられた真新しいエアコンが稼働したのである
そのお陰か、透君は教室にあわられるようになり更に滞在時間も増えた。俺は内心ガッツポーズをしたが、まるで教員のような行動に自身違和感を感じたが些細な問題だと処理した
クラスメートも運動部が朝練で汗をかいていたりで暑さに文句があったらしく大変喜ばれたのは別の話だった
暑いのが苦手なのか…よくパタパタと手うちわで自らを扇いでいる
なら衣替えの時期を無視した真っ黒な長袖の学ランを脱げばいいのに毎度思うも、直接指摘はしなかった
彼に事情があるのかもしれないし、…そう思いつつ白い首筋を滑らかに流れる汗の滴が艶めかしくて、つい目で追ってしまう日々で怪訝な顔をする透君に対して誤魔化すのに必死な俺だった
フッと視界が暗くなる
水中で目を瞬かせるとそこには頬を膨らませて変な顔をしている東がいた
ッ!?…
「プハッ!ゲホッゴホ……」
咽せているとバシャンと勢いよく水音を立てながら東が浮上した
「でぇーじょーぶかぁいいんちょー」
「………誰のせいだと思って」
少し水を飲んでしまった
思わず悪態をついてしまった
「いいんちょー沈んでから中々浮き上がってこねーしびっくりしたぜー」
俺にのしかかってそう言った
心配してくれたのか?と一瞬絆されそうになったがおんぶする様に背中に乗ってきたので好感度が元に戻った
その時もうプールから上がれと体育教師が告げ残っていた生徒がちらほらとプールから出ていき更衣室に戻って行った
「ほらいいんちょー俺らも行こうぜー。シャワー浴びてー」
うんと返事をして先にシャワー室に向かって行った東を追う。教師は俺を見つけて委員会があるからと後のことを任された。施錠して体育管理室に鍵を返しにいかなければいけなくなった。返事を返したタイミングで既に教師は校舎に戻っていた
俺は横を向いて夏風に揺れる緑の葉を青いフェンス越しに見つめ、日差しを遮る様に歩いて進む
風が吹く度に夏の色を濃くしていった
「ちめてー!!」
パシャパシャと濡れた床を踏みながら東が冷たいシャワーの感想を述べた
発育のいい体型にしっかりと筋肉がついている
部活動には所属していないはずなのに鍛えているのかと思って見つめているとまたニヤニヤとした東が変なことを言う
「なんだよー俺っちに見惚れちゃった?くぁーナイスバディな俺様って罪ー?」
その言葉に俺は呆れた視線を向けて自分も冷たいシャワーを浴びた
冷水と共にもやもやとした雑念が流された気がしたが、やはり気がしただけだった
今日も変化のない温度の一日だった
《罪跡》
「……ふう」
「これでおわりーってねー!」
「うん。手伝ってくれてありがとう」
ガダンッ
重苦しい音を立てて金属製で錆びついたゴミ集積箱の蓋が閉じた
あたりは既に夕暮れ、黄昏時と呼べる空模様で半分ほど夜色が空を染め上げていた
日が陰った校舎をぬるい風が吹き抜けていった
「あーはらへったぁー!てかあちくねー?」
隣で騒ぎ立てている東は腹が減っているのと暑いのだと愚痴を言っている
「お昼弁当とパン食べてたよね?」
「ん?まぁな。でも全然たんねー!育ち盛りなめんなし!」
思わず苦笑する
「身長何センチ?」
「前測ったら百八十超えた!」
「もう十分じゃないか?」
「東君は限界を超えたいんよねー」
よくわからないが向上心があるらしい
「いいんちょーは?百七十五?」
「おしい百七十七センチです」
「平均超えてるじゃん。いいんちょーも一緒に限界突破目指そうぜ!」
「よくわからないけど俺はこんぐらいの身長でいいかも。この前標識におでこぶつけてたよね」
「あれマジ痛かったわ〜」
他愛無い会話をしつつ校舎に戻ろうとした時だった
視界の端に、オレンジの中でも黒さが目につく髪とそれを囲むように制服を着崩した生徒に着いていく姿が見えた
思わず歩みを止める
「どしたいいんちょー?」
「…先に戻ってて」
そう一声かけて走り出す
後ろから間伸びした声をかけられたが耳には届かなかった
植えてある樹木をかわし、まだ昼間の熱気が残る空間を走る
姿がない…
周りを見渡す。焦りで動悸が激しくなった
汗がシャツの中に流れる
乱れた呼吸が治らないまま、直感で動いた
らしくない、きっと誰か知っている人が見たらそう感じるような様相だった
ジャリッと砂利を踏んで剥き出しのコンクリートの階段を登るとそこには施錠されているはずのフェンスが解錠されており、キィと小さな音を立てて開いている
嫌な予感がして息苦しさを感じた、だが震えを抑えて歩き出す
自然と勝手に音を消して歩く
人のいないプールは風で水面が揺れている
長い陽に当たり水面が明暗により暗く見える
見ると更衣室隣のシャワー室の扉が僅かに開き中から斜陽が漏れていた
緊張でひどく口の中が乾き、なんとか唾液を出して飲み込んだ
近づくと中から物が倒れた様な音がした
それから何か苛ついような声と下卑た笑い声が聞こえる
中に人がいる様だった
隙間から片目で覗く
きっと見なければよかったと、嘆くことになる
だけど見なければ傷付くことできなかったはずだ
後になって俺は、答えのない分かれ道を思った
一瞬篝火の様な光に目が眩む
すぐに慣れて中の様子が窺えた
見えたのは二人の柄の悪そうな生徒の後姿だ
その奥に、冷水のシャワーが無機質な床を叩く音と光に遮られた影の中に彼はいた
暗がりの中で無感情な黒い瞳が光を反射している
「ビビってうごけねぇーのか?」
「ほんと人形みたいだな。聞こえてるーとーおーるくん?」
何が面白いのか
壁に背をつけて床に座り込んだまま冷水を浴びせられている
まるで糸の切れた操り人形の様で現実味がなかった
「チッ…なんか喋れよ」
ゲシッ
肩を蹴られても体が衝撃に揺れただけで反応がなく
その様子にさらに苛立ってしまった様だ
「つまんねー。なぁさっさと金寄越せば痛い思いせずに済んだのによー後悔してる?」
もう一人の男が透君の、濡れてさらに艶やかな黒髪を掴み上げてそう尋ねる
透君は表情を変えず、ただ見ている
それがより人間味を失わせておりまるで
「気持ち悪りぃなお前。マジで人間かよ」
…ニュアンスはだいぶ違うが似た様なことを二人も感じたらしい
どうするべきか。今すぐ介入して助けに入るか、急いで教師を呼びに行くか…
東を連れてくればよかったと後悔した
バシャッ
思考していると一人が透君を再度壁に叩きつけたらしい
衝撃を喰らう際に流石に片目を瞑っていたが、片方はまるで見ることが使命かのように見つめている
止めようと片足を浮かした時ザリリ…と何か引きずる音がした
それは所々へこみ汚れている金属バットだった
一瞬で悪寒を感じ呼吸が一瞬止まる
それはダメだそんな物で殴ったりしたら
「流石にこれならいい声で鳴くんじゃね?」
「お前やべーな」
ゲラゲラとわらう
人間とはこうも醜く悍ましく笑えるのだと初めて知った
「お前押さえてろよ」
「間違って俺に当てんなよ」
そう軽口を交わしながら背の低い男が透君に歩み寄る
片腕を掴むと透君が暴れだした
だが背丈も体格もだいぶ違く上級生と思われる男は透君の抵抗を無視して後ろから羽交締めにした
「……」
「お、やっと反応したぜ。マグロは嫌われるぞー」
馬鹿にするようにそう言う
透君の目には先ほどとは違って明らかな敵意のこもった瞳だった
バンッ!
ドテ…
「や、やめろ!!」
躓いて転びそうになりながら震える声でそう言った
情けないけどそれどころじゃない。呼吸が落ち着かず手が震える
中の三人が注目する
不思議と俺は中の塩素の匂いを感じ取りそういえば薬品が置かれていると思い出していた
「誰だテメェ」
「邪魔しやがってぶっ殺すぞ!」
短い人生で初めて言われたセリフと敵意に足が震える
「こいつカッコつけて来たくせに震えてんぜ」
「あれこいつ…あの有名人じゃん。とおる君と違う意味でなー」
嘲笑うかのように話すがこの時俺は必死でまともに聞いていなかった
ただ二人の奥にいる透君を見つめる
彼は終始無表情だったのに俺を見て驚いたような目をしたが一瞬で戻った
「なぁもしかしてお友達?」
「……」
「またダンマリかよ。せっかく助けに来たのにかわいそうじゃね」
「いいから、その手を離してください。…彼に酷いことをしないでください」
「はぁ?酷いこと?…酷いことってこんなことかよ!」
「グフッ!」
バットを持った男が俺の肩に手を置いて腹に膝蹴りをした
俺は激しい痛みにより腹を抑えて蹲る
それを見て二人は可笑しそうに嗤う
「いったそう〜漏らしたか?」
「いい子ちゃんが出しゃばるからだ馬鹿が」
「……」
熱く痺れるような痛みが次第に落ち着いていく
今までの人生でこんな理不尽な暴力を受けたのは初めてだった
小学校低学年の時ドッチボールで喧嘩をし始めた奴らを仲介した時、後ろから頭にボールを食らったのが最後だった気がする
知識として知っていても自分がドラマのような展開に直面するとは夢にも思わなかった
笑いながら肩や背中を蹴られる痛みが現実だと知らしめる
「………やめろ」
大きな声ではなかったがその声はよく通った
透君が声を発したようだ。せっかく俺に狙いが変わったのに…
痛みに耐えながら顔をあげると悔しそうな顔で睨む顔が目に入り、場違いに新しい表情に気持ちが上がった
「あぁ?なに命令してんだよ」
「あれじゃね?構ってもらえなくて寂しかったんだよなぁ?母ちゃんみてーに淫乱だから恋しくなったんだろ?」
母ちゃん?何を言って…
「それともあれか?自分の親父寝とったから捨てられちまったんだろ。近親相姦とかやべーなAVかよ」
奴らは下世話な話しをしてニヤついている
俺はこんな状況なのに透君と結びつかない情報に、混乱していた
「……よく喋るね。童貞臭くて笑える」
「「はぁ!?」」
透君の口から飛び出た言葉に俺と二人が驚く
彼自身は冷たい表情で見下すような目だった
「てめぇ舐めやがってビッチが!」
「売春便器が偉そうに。親父のしゃぶって稼いでんだろ?」
透君に詰め寄りながら詰る
「それが何?興味あるなら紹介するけど?」
「チッ!」
バチンッ!
「や、やめろ」
透君の顔が強く叩かれる
頬が赤く口の端が切れてしまったようだ
だが表情は真顔だった
「へへっ、気持ちわりーな。人間やめてっからお前はゴミみてーに捨てられんだよ。それが怖くて親父、殺したんだろ?」
人殺し
以前東から聞いた噂に、そんなワードがあった
そんな、あるわけがない
と脳内で否定しても、どこか冷たい表情で返り血を浴びた彼の姿が、易々と想像できた
「あれ、こいつ」
「ッ!……やめろ!」
初めて透君が怒鳴った
それを聞いて二人がニヤつく
「脱がせ!」
「よし!」
「触るな!」
暴れる透君に対して黒い学ランを脱がせて濡れた白いワイシャツが張り付いていて妖艶に見えた
助けようと起きあがろうとしたが顔を殴られ後ろの棚に俺は情けなく背中からぶつかる
ビリッ!
ボタンが弾け白い肌があらわになりそして頭を押さえつけられた透君
その背中にはまるで罰を受ける罪人のようにバツ印の大きな傷があった
刃物って抉ったようで痛々しいのに、俺は美しいと、感じてしまった
「やべーな!どんなプレイしたんだよ」
「俺グロいのは萎える。しゃーねーから正面からヤるか」
「俺は結構いける」
汚い話をしながらどう犯すかを言い合っている
理解したくない世界だった
どうすれば助けられるんだ
無力な自分に情けない
「…やるなら、さっさとしろよ」
冷たく言い放った
その言葉に、俺が傷ついた
彼が一番辛い筈なのに
「いいね女王様っぽい」
「Mかよ。まぁいい俺からな」
カチャカチャとベルトの金具を外す音が聞こえ俺は冷や汗が流れた
「や、やめろ!」
俺は立ち上がり男に後ろから抱きつく
「チッ!邪魔なんだよ!…力つえー、し」
抵抗されるが必死にしがみつく
男越しに透君が辛そうな顔が見えた
助けるんだ!
「動くなよ!」
見ると透君を拘束していた男が折りたたみナイフで透君の首筋に当てていた
驚きで固まる
その隙にしがみついていた男に殴られ、さらに何回も蹴られる
「ウッ………がぁ!………あぐ……いっ…」
「やめろ!やめろよ!俺が目的なんだろ!そいつは関係ない!」
必死に透君が叫ぶ
それを無視して俺をいたぶる
「いてっ!」
片方の男の声だった
透君が咄嗟にナイフを持った手に噛みつき拘束が緩んだ隙に奪って俺を嬲っている男の太腿に、ナイフを差した
「グゥ!?いってぇ!!!クソ!!」
ドカッ!
透君が蹴っ飛ばされて壁にぶつかる
「クソクソ!いってぇーよ!」
喚きながら刺さったナイフを抜き捨てた
シャワーの水と共に赤い線が排水口に向かって流れいく
ギロリ、と殺意のこもった目で奴は透を睨む
ガリリと床を叩きながら未だ使われてなかった金属バットが振り上げられた
その光景に俺は目を開く
「死ねよボケ!!!」
振りかぶった先は透君の頭だった
小さな彼ではきっと致命傷だ
そんなことを思った時には既に動いていた
「なっ!?」
ドンッッ!
「うがぁあ!!!」
体に凄まじい衝撃と熱、そして痛みが走った
「な、なんで、なんでだよ」
震える声で透君がそう言った
まるで今にも泣きそうな声だと思い抱き締めている透君をあやすように撫でる
ひどく体が冷えていてかわいそうだと思った
「殺す!殺す!」
後ろから激情した声が聞こえた
「は、はなれ」
言い終える前に俺は強く抱きしめた
透君の濡れた頭も隠すように自分の体で覆い隠す
大丈夫だと、安心させるように
暗がりの中でも綺麗な目が俺を見る
やっぱり綺麗だななんて思った
不思議と痛みを感じない
冷たさのなかに確かな温もりがあった
「や、やめてよ。死んじゃう」
あーー…死んじゃうかな?やっぱり
そう思ったけど体はぽんぽんと透君の背中を叩く
透君が俺を震えながら抱きしめてくれた
嬉しいな
不思議と、満ち足りていた
衝撃と共に
俺の意識はそこで途切れた
最初のコメントを投稿しよう!