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たった一言で、人はどこまで怒れるのか?
「私、洋人(ヒロト)と寝たわ……」
何で、こんな事を言ってしまったんだろ……
さっきまで、和やかにアイスミルクティーの入ったグラスのストローをクルクル回していた、美夏の顔から笑みが消えた。
「え、今 なんて?」
冗談でしょ?と言わんばかりの、作り笑いを、美夏が向けた。
「だから、洋人と……」
言い終わる前に、美夏がバン!と
人がまばらにしか居ない喫茶店の静けさを破って、両手でテーブルを叩いた。
「どういう事?」
あぁ、ヤバイ信じてしまったみたい。
完全に冗談だった。
洋人と私は、幼なじみ。
全く恋愛感情なんて、無い……皆無。
美夏と、洋人は職場で知り合って、交際4か月でのスピード結婚。
洋人は、美夏と付き合い出してすぐに、私に美夏を紹介してくれた。
あどけない笑顔が、可愛らしい美夏が、私も素敵だなっと思って、わりとすぐに友達になった。
洋人は美夏と、籍を入れてから、私にはほとんど、連絡をしなくなった。
しかし、美夏と私は結構会って、お茶したりしてた。
別に何か美夏に恨みがある訳では無い
無意識に、言ってしまった。
洋人と、そんな関係になった事は、長い幼なじみ期間に、1度たりとも無かった。
本当に無意識に言ってしまった。
「ねぇ、本当なの?」
何も言い返さずに、固まっている私に、少し震えた声で、美夏が言った。
どうしよう、完全に怒っている。
当たり前だ、こんな事を冗談で言う事じゃない。
真っ直ぐ私の目を見る美夏の視線に、耐えられず、私は視線をそらした。
「いつなの?いや、始めからなの?」
あ、そうよね……そうなるよね……
「始めから、そうだったの?」
何も言い返さない私に、どんどん怒りを膨らませて、想像を広げて行く美夏
に、冗談でした……と言って弁解出来る雰囲気は、全く無かった。
「そうだったんだ…そうよね?男女の仲に友情なんて、有り得ないもの……幼なじみ?そんなんじゃ無かったのね?」
大きく見開かれた美夏の瞳から、ポタリと涙が落ちた。
もう、後戻り出来ない……と思った。
「うん、ゴメン……そういう仲だった」
また、私の口が、そんな言葉を吐いた。
幼稚園の頃から近所だった洋人と私。
親同士も仲良しで、家族ぐるみで近所付き合いしてた。
洋人が結婚する事を聞いた私の母は、洋人の結婚相手が自分の娘じゃない事に驚いてた。
「あんた達、仲良しだから、てっきり付き合ってるのかと思ってたよ」
って……
母以上に、私は恋愛感情は無いにしても、そのうちに、告白されたりして、仕方ないなぁ!なんて言いながら、本当の意味でのお付き合いが、始まって、結婚するんだろうな……って、心のどこかに合ったのかもしれない。
美夏を紹介された時だって、先に言葉で、彼女が出来たの報告も無く、ランチに二人で行った帰り道で、突然合わせたい人が居るんだって、レストランの庭の、木陰から恥ずかしそうにしてる美夏を引っ張って私の前に、連れてきたんだ。
あまりに突然で、私はその時、自分がどんな顔をして美夏と話したか、覚えていない。
ただ、あぁ……もう洋人とは、距離を置かないとならないなって、感じた事だけ覚えてる。
「最低だね……あんたら、最低だよ!」
ボーッと回想していた私を、美夏の声が呼び戻した。
美夏が、丸めたおしぼりを、私の顔に勢いよくぶつけて、喫茶店を出て行った。
引き留める気力は無かった。
この後、美夏は洋人になんて、言うんだろ?
私の噓を聞いて、洋人はどう思うんだろう……
私は、やっと気づいた……
私は、洋人が、好きだったんだ……
あまりに一緒に居過ぎて、忘れてたけど、近くに居ないと何か心に隙間があいた様な感覚が、ずっとあった。
そう、美夏を紹介されてから、ずっと
隙間があいた様だった。
レストランの庭で、2人を見送った時、説明が出来ない涙が流れたけど、やっと意味が解った……
何で、何で、自分じゃないんだ?
自分じゃなかったんだ?
無意識に出た言葉は、その問いかけに対する、答えだった。
だけど、美夏が冗談でしょ?と笑い飛ばしてくれたら、当たり前でしょって
一緒に笑い飛ばす準備もしてたのに…
明日、私はこの街から、引っ越す……
実家の近くで、一人暮らしをして1年
気に入ってたアパートだったけど……
洋人が結婚してから、ずっと引っ越そうと思ってた。
親にも引っ越す事は、言ってない。
洋人と美夏が喧嘩して、洋人が私に説明しろと言ってくる前に、
私は、この街を出る……。
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