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「ザァ・・・」
「ザァ・・・」
どのような道をたどったのかは忘れていた。ただ、夜のきれいな海にたどり着いた。僕はこの町にはこんなにもきれいな海があることは知らなかった。僕と同い年くらいの女性が静かに海を静かに眺めていた。しかし、話し掛けるのにも不審者だと認識されるかもしれないと思い、僕はそっと黙って海を眺めることにした。するとその女性はこちらを見た。
「人がいる!」
その女性は僕を見て喜んでいるようだった。
「君、名前はなんていうの?」
「カモメ」
それはそうだ。知らない人物に本名を明かすはずがない。
「ねぇ、入道雲の奥の村へ行ってみない?」
「入道雲なんか夜だし見えないよ。」
「確かに見えないかもしれないけど入道雲はあるよ。」
その女性に手招きをされ、僕は行ってみることにした。確かに入道雲はあった。その奥の町は閑散としており、人はいなかった。
「なぜここに人がいないの?」
「う~ん、みんな海の都の方に移住してしまったみたい。そっちの方が色々と便利だし人も多いし。」
「じゃあここは限界集落みたいなもの?」
「げんかいしゅうらく?」
「あぁ、限界集落って言うのは簡単に言うと都心に人が集中してしまって他の村には人がいなくなってしまうことなんだ。」
「そうだね。そんな感じ。」
「よくこの木に願い事を書いたんだよ。早く成長できますようにって。」
「そうなんだ。人がいなくなって寂しい?」
「うん。寂しいよ。」
「ご飯はどうしているの?」
「ご飯?もうずっと食べていないな。」
「しっかり食べないと大人へ成長しないよ。」
それにしても不思議な村だ。こんな村があるなんて僕は知らなかった。
「海の都はどうなっているの?」
「私も行ったことがない。」
「今度一緒に行ってみよう。
「行っちゃダメ!」
カモメは突然声を荒げたので僕は驚いた。
「まだ、海の都に行くのは早いよ。もう少しここにいようよ。」
しばらく歩いているうちに、とある家にたどり着いた。そこには柚子が栽培されていた様子があった。
「柚子といえば僕の住んでいる村の友人にも柚子を育てて商品を作っている女の子がいたな。」
「ここはカンダサンのお家で、柚子を栽培していたんだね。」
――鹿に恋した少女――
今年は柚子がたくさん生った。私は鮮やかな色の柚子のさわやかな香りの中で柚子を収穫する作業が好きで、知らず知らずのうちに夢中になれる。すると隣で作業をしていた母が言った。
「最近鹿の被害が怖くて。鹿よけのために害獣駆除の対策はしておいた方がいいのかしらね。」
「でもまだうちの柚子には被害は来ていないからいいんじゃないの?」
「そうね、様子見ましょう。」
しかし、次の日の朝起きてみると、柚子の畑が荒らされていた。
「あぁ、鹿が来てしまったのかしら。」
そう言って母は害獣対策を施した。しばらくすると鹿がやってきた。その頃母は買い物に行くと出かけていた。
「来ちゃダメ。」
私は鹿を静止した。鹿に襲われるかもしれないとびくびくしていたが、私の方を見た鹿が振り向いてもといた森へと帰っていった。しかし、その次の日も鹿はやってきた。そして柚子には目もくれずに私の方へやってきた。
「もしかして君昨日も来ていた子かな?」
そう言って鹿の頭をなでていった。しばらくすると鹿は帰っていった。私は柚子をその鹿に食べてもらいたいなという気持ちもあったが、柚子の味を覚えた鹿が私の柚子の畑を荒らす姿を見たくなかったし、畑に入ってきた鹿が害獣駆除でけがをする姿も見たくなかったので、私は柚子を渡さないことにした。
「じゃあね、ユー君」
私はいつの間にかその鹿に名前を付けていた。それから徐々に私はユー君と会うたびに胸が高鳴るようになっていった。鹿相手なのになぜだろうと考えていたが、頭とは別に心の緊張が増していった。
すると、ある日私が鹿のユー君とあっていることが母に見つかった。母はいつ鹿が畑を荒らすかわからず、以前畑を荒らしたのがユー君だと思っていたため駆除しようと言い出した。
「あの鹿は私たちの畑を荒らさないわ。」
「あゆみ、鹿わね、私達人間とは分かり合えないのよ。」
明日が来るのが嫌だった。明日が来ればユー君は母の手で殺される。そんな姿を見たくなかった。こうなるなら昨日のうちに最後に柚子を食べさせてあげたほうが良かったのかもしれないと思うこともあった。その思いは虚しく朝が来た。そしてユー君が私に会いにやってきた。
駆除されたユー君の頭を私はゆっくりとなでていた。一つだけ隠していた柚子をユー君に食べさせた。死の間際、ユー君はゆっくりと柚子を食べていた。私とユー君は同じだったのかも入れない。ユー君柚子の香りが好きなだけで、そして私に会いに来たのだろうか。
それから以前の畑の荒らし被害は、鹿ではなくリスによるものだと知った。私は害獣駆除について考えるようになっていった。私のように動物に感情移入をする者が多いが、現在では動物による畑の荒らし被害は多い。自分の身を守るためには駆除を行うしか方法はない。
人とその他の動物の間に持ってしまった恋愛関係もわかりあえないのだろう。
――たった一発の打ち上げ花火――
「そういえば聞いてくれよ、この間僕の住んでいる村の祭りで花火が上がったんだ!」
「そうか!それはすごいね。どんな花火だったの?」
「たくさんの色の花火でとても綺麗だったよ。」
「着いた!」
「ここは・・・」
「この広場はね、息子の願いを叶えようとした父の跡地みたいな場所だよ。」
「この何もないただ広い場所で?」
「そう、確かに彼は息子の願いを叶えたんだ。」
また何もできない夏が来るのか。息子が花火師になりたいと願ってからというもの、息子に一発も花火を見せられないままだ。この村には花火を打ち上げるだけの資金がないことは分かっているのだ、テレビなどの媒体でしか花火を見せたことない息子に、どうしても生で花火を見せてあげたい。
「今年の夏は花火、打ちあがるのかな。」
「どうだろうな。打ちあがるといいな。」
「クラスのみんなはこんな町じゃどうせお金ないし花火は打ちあがらないって言ってるよ。」
「ヒビト、信じることが大切だぞ!」
「うん!」
また期待を持たせてしまった。とりあえず古くからの友人と相談してみようか。
「花火をこの村で打ち上げたい?」
「あぁ、神永、何か方法はないか。」
「この村じゃ資金不足だから厳しいだろうな。」
「う~ん」
「まぁお子さんには悪いが、諦めたほうがいいのではないか。」
それからしばらく黙り込んだ。
「そうだ!自分で花火を玉から作るのはどうだ!」
「無茶だ!花火の玉にはたくさんの化学物質が必要なんだ。どうやって調達するんだ。」
「木材はこの村にある木を使う。金属は粗大ごみを業者の人から頼み込んだらもしかすれば売ってもらえるかもしれない。」
「でも色を出すにはどうするんだ?」
「そうだ!銅塩を使おう。そしたら青色の花火だけはできるかもしれない。」
次の日から僕は木材を集めることにした。山に入り、充分な木材を集めるのに時間はかかったが、続けていくと充分な木材を集めることができた。
次に粗大ごみの業者に金属と銅を売ってくれるように頼みこんだ。なかなか聞いてはくれなく、一カ月が経った。ようやく金属と銅を譲ってもらい、それから金属を粉末にする作業へと取り組んだ。そして時間をかけて金属を粉末にし、銅から銅塩を作り出すことができた。
友人の神永からはクラフト紙や導火線を貰い、星や割薬を敷き詰め一発分の花火の玉がようやく完成した。
「お前は本当によくやったよ。でも打ち上げるのは誰がするんだ?」
「僕がするよ。」
「素人の君が行えば最悪事故が起きて死んでしまうかもしれないんだぞ。」
「それでも息子のために、僕がやらなければいけない。」
確かに花火を打ち上げた経験のないので怖い。しかし息子のヒビトに伝わるかわからないが、夢を諦めてほしくはないという想いを込めたかった。
ある真夏の夜、僕は青い花火を打ち上げた。他の色は入れられない、単調で一発だけの花火だったが、それでも息子のヒビトに届けたかった。
僕は花火を無事に打ち上げることができ、帰路の途中ではこの村にも花火が打ちあがるということに驚く者、感動する者がいた。僕は平生を装って我が家のドアを開けた。そこにはなぜか涙があふれていた息子のヒビトと妻がいた。
「花火、ちゃんと見たか。」
「ちゃんと見たよ。一生忘れられない花火になった。」
「そうか。この村にも花火が打ちあがってよかったな。」
――父の遺産――
「ここは秋村っていう大富豪のおじいさんとその子どもたちが住んでいた屋敷があるんだ。」
「秋村って名前の人なら僕の友達にもその名前の人はいるよ。」
「そうなんだね。ところでミステリーはよく読むのかい?」
「いや、読書は苦手で・・・」
「ミステリーにも遺産の話はよくあるよね。今回はその大富豪の遺産の話。」
今日は仕事が休みの日だ。茹だるような真夏の日に、俺は父の体を洗っている。母に先立たれた父に介護が必要となってから早5年。俺は妻と一緒に父の介護をしている。妻は食事をあげたりするのが役割で、俺は体を洗ったりすることなどの役割がある。俺は5人兄弟の一番下で、俺と次女以外はみんなこの村を離れていった。父の看病をする者がいなくなったため、俺はこの村に残ることにした。俺は末っ子だからという理由もあるが、資金的にももう遺産には期待してもいないし興味もない。ただ育ててくれたお礼を兼ねて介護をし、その後でこの村を出るつもりだ。そういえば兄たちや姉はそろそろこの村へ帰ってくる頃だろうか。そろそろ父の命も短い。
「長い間見なかったな。久しぶり。」
長男のゆうたが帰ってきた。次男のともひこは仕事が忙しくて帰ってこれないらしい。
「久しぶりね。」
少しすると長女のミサも帰ってきた。二人とも長い間会っていなかったので懐かしく感じた。
その夜兄弟4人で今後について話した。
「父は遺産のことについてはなんて言っているんだ。」
「まだ何も言ってないよ。でも兄や姉たちに優先的に遺産は配分されると思う。」
「でも、介護したのはまことでしょ。だったらお父さんはまことに優先的に遺産をやるんじゃ。」
「そんなことないよ。俺のことは気にしなくていいから。遺産なんていらないし。」
「そんなこと言って、本当に欲しいのはまことなんじゃないの?この村に残って介護していたのも、最近になってお父さんが危篤状態になったのも実はまことが少しずつ・・・」
「いい加減にしてよ!」
次女のあかりが声を荒げて長女のミサを叱った。次女のあかりは俺と同じくこの村に残り、たまに俺に顔を見せに来ては介護を手伝っていたので俺のことは分かっていた。その後空気は静まり返っていた。
数日後、兄弟5人に看取られ父は亡くなった。俺は父へ事前に兄や姉たちに遺産の取り分を多くし、介護のことは気にしなくて良いと伝えた。その結果、俺の言葉通り父は遺書に兄や姉たちに多くの遺産がいき渡るように記した。そして、父の死の間際俺は父からあるものを受け取った。ニンジンの種のようだった。
「わしは死ぬまでに生きた証として何かを残すために農産物の自主開発を行った。でもそれは叶わなかった。これはわしが一番大切にしている最後の遺産だ。受け取ってほしい。」
噂程度ではあったが、父が農産物の自主開発をしているということを耳にしたことはあった。しかし、本当に農産物の自主開発をしていることは知らなかった。この農産物の栽培に成功し、ブランディング化が達成すれば業界が揺るがすほどの大きな影響を与えるだろうということは当時の協力者から聞いた。父が達成できなかった最後の遺産。そして最大の遺産を授かった。
――宵都――
「たくさんの話をしてくれてありがとう。とても面白かったよ。」
「こちらこそ。」
「ところでこの村って・・・」
「ごめん、やっぱり何でもないや。」
僕は口に出そうとした問いをひっこめた。その答え次第ではもう引き返せなくなってしまいそうな。怖くなった。もしこの誰もいない村が何十年後の僕が今住んでる村の成れの果てだと知ったら。
「そうだ。君やっぱりカモメって名前は嘘でしょ!」
「・・・ごめん、本当だった?」
「ううん、嘘だよ。嘘ついてごめん。本当は私に名前なんてないんだ。ただ私は君の記憶の住人になりたくて・・・」
「大丈夫、僕は忘れないよ。」
それから沈黙が続き、カモメは笑みを見せた。
「ごめん、本当は謝らなければならないことがあるんだ。本当は一度海の都に行くともう戻ってくることはできないんだ。それを知りながら私は君の手を引いて海の都へ連れて行こうとした。一緒に来てほしかったから。」
「海の都に行くのが怖かったんだね。」
「うん。海を眺めながら、今日も都に行けない。そしていつの間にか夏になって、夜になって。」
「でも、きれいな海が私の中で普段と変わらない海になってしまう前に、海の都へ行く勇気が欲しかった。」
「そうなんだね。僕はさっきカモメと一緒に海の都へ行くべきなのかって結論を出そうとしてしまったけれど、それは間違いみたいだね。」
「うん。君とはもうサヨナラだ。ヨイト君。」
「なぜ僕の名前を?」
「ずっと、みて・・・」
「ザァ・・・」
「ザァ・・・」
どのような道を辿ってきたのか。僕はすっかり忘れてしまった。気が付けば僕は見慣れた僕の住む村へたどり着いた。
「ただいま、母さん。」
「あら、少し遅かったわね。」
「少し海へ行ってたんだ。」
「海?もしかして学校サボって電車に乗って遠出してきたの?」
「う、ううん。いやいや。」
「本当にぃ?」
やっぱり話すべきではなかったのだろうか、と思いながらもまたいつもの日常に戻っていく。ただ、あの海の記憶はいつまでも忘れないだろう。
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