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教室に戻ると、中に入りきれなかった女子達で、入り口がぎっしり塞がれていた。
他クラスの女子だろう。
A組女子に牽制され、狭い入り口から、指を咥えてトップ3を眺めるしか出来なかったらしい。
「ちょっと、通して。ごめん」
ー自分のクラスなんだから、謝る必要は無いだろ、クソ。
内心毒づき、揉みくちゃにされながら人垣を通り抜けた。
「疲れた…」
朝の痛手もあり、桐生は既にグッタリしていた。
幸いな事に、トップ3との席は離れている。
桐生は窓側で、奴等は廊下側だ。
トップ3の周りは、常に陽キャと女子で壁が出来ており、これが結界みたいになっていた。
なので自然、窓側には大人しい男子達が集まってしまう。
そんな桐生を含む遠巻き組を、取り巻き達は時にからかい、馬鹿にしていた。
午後の授業の準備をしている際、桐生はうっかり教科書を取り落とした。
しかも、拾い上げようと屈んで右腕を伸ばした時に、タイミング悪く机の間を通り抜けようとしていた女子と、ぶつかってしまった。
「ごめん!桐生君」
ぶつかった拍子に眼鏡が外れ、床の上を回転しながら滑っていった。
「レンズ割れてない?」
女子生徒は落ちた眼鏡を拾い上げ、申し訳無さそうに手渡してくれる。
「こっちこそごめん。…うん、割れてないと思う」
眼鏡のつるを持ち、ためつすがめつしている桐生を、女子はまじまじと覗きこんで来た。
「な、なに?」
至近距離で覗きこまれ、どぎまぎしてしまう。
普段全く、女の子と接点が無いので。
「あ、ううん…。桐生君って、綺麗な顔立ちしてたんだなって、思って。肌も、真っ白だし」
「ええ、と…」
何と返せばいいのか戸惑っていると、人垣の向こうから小馬鹿にするような言葉が、二人に被せられた。
「佐々木さーん。桐生なんかに、興味あるの~?」
声を掛けたのは、瀬那だ。
人垣の隙間から、二人のやり取りが見えていたのだ。
彼が発言した瞬間、人垣が割れて全員がこちらを見た。
「あっ、その…。そうじゃ、なくて」
トップ3と、取り巻き達の視線を一身に浴び、佐々木は慌てて否定した。
…ただぶつかっただけなのに、何で馬鹿にされた上、否定されにゃならんのか。
「クソ地味~な桐生の傍にいると、佐々木さんまでそうなっちゃうよ!早くこっち、来なよ」
「う、うん」
佐々木は真っ赤な顔でその場を離れ、おずおずと人垣に戻った。
取り巻きが彼女をいじるように笑い、女子の一人が苦笑を浮かべて言った。
「あんた、桐生を見すぎよ。どうかしたのかと思ったわ」
「だって~…。桐生君、赤ちゃんみたいに、お肌ツルスベだったんだもん…」
落ち着きなく、佐々木は指を組み合わせている。
すると、取り巻きの男子が笑いを取ろうと、桐生を指差して嘲った。
「ハハ。あいつ、高校生に見えねぇもんな。本当はまだ、小学生なんじゃね?」
周りの男子達もそれに呼応し、人垣のあちこちで笑いが起こった。
「…それは、言い過ぎじゃないか?」
凜とした声が、取り巻き達を窘めた。
ただその一言だけで、沸き起こった空気が尻すぼみになり、しんとなる。
桐生は眼鏡をかけ直し、発言者である夏目を見遣った。
「容姿をからかう事でしか関われないなら、相手にせず、放っておけばいい」
普段は無口な夏目が、不快さを滲ませて苦言を呈するなんて、珍しい。
取り巻きの男たちは一斉に動揺し、目を泳がせた。
「瀬那。俺はお前にも、言っているんだからな」
じろ。と夏目が睨むと、瀬那は聞こえよがしに舌打ちした。
「…分かったよ」
ピリピリした教室内の空気に、取り巻きも、遠巻き組も縮こまっている。
「まあまあ、そう滾らず」
険悪な雰囲気に向かいつつある二人の肩を、もう一人のトップ3、相澤が叩いた。
「みんな怖がってるし、明るく行こうよ。ただでさえこのクラス、纏まりがないんだからさ~」
「相澤、お前な…」
その、纏まりがないクラスになった原因の一人でありながら、相澤は人の好い笑顔で、二人の仲を取り持った。
「さっさと仲直りして、今日の放課後、新しく出来たカフェにでも行こうよ。お昼食べたばっかなのに、もうお腹空いちゃったよ」
何とも能天気な提案だったが、ピリついた空気はもう、元通りになっていた。
以前も、瀬那と夏目が険悪になった時、相澤が宥めていた気がする。
彼には、場の雰囲気を和ませる才能があるのかも知れない。
「私もカフェに行っていい!?」
「私も私も!」
我先にと、同行を願い出る女子達の間を縫い、相澤は桐生を見た。
ぱちっと目が合うと彼は目を細め、にこやかに微笑んだ。
対する瀬那と夏目は、憮然としている。
桐生は机に頬杖を付き、澄みきった真昼の青空に視線を移した。
(俺も今日、平田とそのカフェに行く予定だったんだけどな…。ジューシー極厚カツサンド、食べたかったな…)
自由な放課後まで、トップ3やその取り巻き達と一緒に居たくない桐生は諦めのため息を吐き、仕方なく、別の候補を考え始めた。
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