Ⅰ.男は見た目に弱く、騙され易い

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教室に戻ると、中に入りきれなかった女子達で、入り口がぎっしり塞がれていた。 他クラスの女子だろう。 A組女子に牽制され、狭い入り口から、指を咥えてトップ3を眺めるしか出来なかったらしい。 「ちょっと、通して。ごめん」 ー自分のクラスなんだから、謝る必要は無いだろ、クソ。 内心毒づき、揉みくちゃにされながら人垣を通り抜けた。 「疲れた…」 朝の痛手もあり、桐生は既にグッタリしていた。 幸いな事に、トップ3との席は離れている。 桐生は窓側で、奴等は廊下側だ。 トップ3の周りは、常に陽キャと女子で壁が出来ており、これが結界みたいになっていた。 なので自然、窓側には大人しい男子達が集まってしまう。 そんな桐生を含む遠巻き組を、取り巻き達は時にからかい、馬鹿にしていた。 午後の授業の準備をしている際、桐生はうっかり教科書を取り落とした。 しかも、拾い上げようと屈んで右腕を伸ばした時に、タイミング悪く机の間を通り抜けようとしていた女子と、ぶつかってしまった。 「ごめん!桐生君」 ぶつかった拍子に眼鏡が外れ、床の上を回転しながら滑っていった。 「レンズ割れてない?」 女子生徒は落ちた眼鏡を拾い上げ、申し訳無さそうに手渡してくれる。 「こっちこそごめん。…うん、割れてないと思う」 眼鏡のつるを持ち、ためつすがめつしている桐生を、女子はまじまじと覗きこんで来た。 「な、なに?」 至近距離で覗きこまれ、どぎまぎしてしまう。 普段全く、女の子と接点が無いので。 「あ、ううん…。桐生君って、綺麗な顔立ちしてたんだなって、思って。肌も、真っ白だし」 「ええ、と…」 何と返せばいいのか戸惑っていると、人垣の向こうから小馬鹿にするような言葉が、二人に被せられた。 「佐々木さーん。桐生なんかに、興味あるの~?」 声を掛けたのは、瀬那だ。 人垣の隙間から、二人のやり取りが見えていたのだ。 彼が発言した瞬間、人垣が割れて全員がこちらを見た。 「あっ、その…。そうじゃ、なくて」 トップ3と、取り巻き達の視線を一身に浴び、佐々木は慌てて否定した。 …ただぶつかっただけなのに、何で馬鹿にされた上、否定されにゃならんのか。 「クソ地味~な桐生の傍にいると、佐々木さんまでそうなっちゃうよ!早くこっち、来なよ」 「う、うん」 佐々木は真っ赤な顔でその場を離れ、おずおずと人垣に戻った。 取り巻きが彼女をいじるように笑い、女子の一人が苦笑を浮かべて言った。 「あんた、桐生を見すぎよ。どうかしたのかと思ったわ」 「だって~…。桐生君、赤ちゃんみたいに、お肌ツルスベだったんだもん…」 落ち着きなく、佐々木は指を組み合わせている。 すると、取り巻きの男子が笑いを取ろうと、桐生を指差して嘲った。 「ハハ。あいつ、高校生に見えねぇもんな。本当はまだ、小学生なんじゃね?」 周りの男子達もそれに呼応し、人垣のあちこちで笑いが起こった。 「…それは、言い過ぎじゃないか?」 凜とした声が、取り巻き達を窘めた。 ただその一言だけで、沸き起こった空気が尻すぼみになり、しんとなる。 桐生は眼鏡をかけ直し、発言者である夏目を見遣った。 「容姿をからかう事でしか関われないなら、相手にせず、放っておけばいい」 普段は無口な夏目が、不快さを滲ませて苦言を呈するなんて、珍しい。 取り巻きの男たちは一斉に動揺し、目を泳がせた。 「瀬那。俺はお前にも、言っているんだからな」 じろ。と夏目が睨むと、瀬那は聞こえよがしに舌打ちした。 「…分かったよ」 ピリピリした教室内の空気に、取り巻きも、遠巻き組も縮こまっている。 「まあまあ、そう滾らず」 険悪な雰囲気に向かいつつある二人の肩を、もう一人のトップ3、相澤が叩いた。 「みんな怖がってるし、明るく行こうよ。ただでさえこのクラス、纏まりがないんだからさ~」 「相澤、お前な…」 その、纏まりがないクラスになった原因の一人でありながら、相澤は人の好い笑顔で、二人の仲を取り持った。 「さっさと仲直りして、今日の放課後、新しく出来たカフェにでも行こうよ。お昼食べたばっかなのに、もうお腹空いちゃったよ」 何とも能天気な提案だったが、ピリついた空気はもう、元通りになっていた。 以前も、瀬那と夏目が険悪になった時、相澤が宥めていた気がする。 彼には、場の雰囲気を和ませる才能があるのかも知れない。 「私もカフェに行っていい!?」 「私も私も!」 我先にと、同行を願い出る女子達の間を縫い、相澤は桐生を見た。 ぱちっと目が合うと彼は目を細め、にこやかに微笑んだ。 対する瀬那と夏目は、憮然としている。 桐生は机に頬杖を付き、澄みきった真昼の青空に視線を移した。 (俺も今日、平田とそのカフェに行く予定だったんだけどな…。ジューシー極厚カツサンド、食べたかったな…) 自由な放課後まで、トップ3やその取り巻き達と一緒に居たくない桐生は諦めのため息を吐き、仕方なく、別の候補を考え始めた。
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