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次の日の朝、電車を降りると、階段の手前で平田が手を上げた。
「よお。思ったより元気そうじゃん」
「…何だよ。心配してたのか」
平田は桐生が失恋した事を、ひとつまみ分位は気にしていたらしい。
だが、今の桐生の頭を占めるのはミキちゃんではなく、mellowだった。
「俺はウジウジ悩むような、情けない男じゃねぇからな」
全くそんな事は無いのだが、今日の放課後、早速mellowと会うのが決まっている。
浮き立つ心を平田に悟られたくは無く、わざと素っ気なく言った。
ーネトゲで会った女の子に会う!
なんてバレたら、電柱に縛りつけられてでも平田に止められるだろう。
「フーン。ならいいけど。お前何仕出かすか分かんないから、首に縄付けて見張ってくれって、おばさんにお願いされてるんだよ。頼むから、暴走はするなよ」
「……」
早くも、桐生の僅かな変化に気が付いたのか釘を刺した。
彼の両親と桐生の両親は小中高と一緒で、今も仲が良い。
過保護な桐生の母は、しっかりした平田を頼りにしていた。
駅を出て角を曲がり、高校に向かう通学路に足を踏み入れた二人は、真っ黒な人だかりに出くわした。
「うおぉ。トップ3の大名行列だ」
「ニュアンスが違う気がするが…」
平田の言葉に、うんざりした顔で行列を見遣る。
A組の取り巻きはもちろん、他クラスの女子、三年、一年の女子まで行列に加わっている。
行列の中には、ミキちゃんの姿もあった。
「トップ3って、メチャクチャモテるけど、特定の恋人は持たないって、本当なのか?」
平田の問いに、小さく頷いた。
「…そうらしいよ。告白されても笑顔でお礼言うだけで、断る事も、付き合う事もしないってさ」
むむ。と唸る。
「だったらなんで、女子はあいつらに告白するんだろうな?時間の無駄じゃねえか」
多分…。と、桐生は付け足した。
「手に入らないモノの方が、魅力的だからじゃね?もしかしたら、って期待も、あるだろうしさ」
そんなもんかねぇ。と平田は首を傾げ、
「あいつらが特定の恋人を持たないのは、結ばれない片想いの相手がいるからなのかな」
と、呟いた。
それは無いだろ。と笑い飛ばす。
「瀬那とか、そんないじらしい奴には見えねぇよ。あいつこの前もスーツ着たオッサン、ボコボコにしてたし」
何故か桐生は、瀬那が殴りあいのケンカをしている所に良く出くわした。
巻き込まれては面倒と、見掛けた時は直ぐに逃げていたが。
「瀬那が一番ヤバそうだし、絶対、近付くなよ」
心配そうに背中を叩く。
「大丈夫だって。俺は危険な事にもう、首突っ込まないから」
通学路を歩く二人の視界に、相澤病院が映る。
この病院は個人経営だが、国立の病院より立派で、リハビリテーションが充実していた。
かつては桐生も通っていた病院だ。
「脚はもう、大丈夫か」
「普通の生活は出来てるし、問題ないよ」
昔ガキ大将だった桐生は、車にはねられ、大怪我を負った事がある。
正確には車にはねられそうになっていた幼い子を、助けたのだが。
ーお兄ちゃん、お兄ちゃん!
と呼ばわり、泣きながら膝から血を流す子供を、ボンヤリ見ていた。
次に意識が戻った時、彼は相澤病院のベッドにいた。
これまで散々、両親を心配させて来たが、流石に今回は、母が流す涙に胸が苦しくなった。
ー車にはねられたと聞いて、あなたの死を覚悟したのよ。
と、十年近く経っても、母は同じ台詞を言う。
「うちの母親を過保護にさせたのは俺のせいだし、ちゃんと大人しくするから」
真剣な顔で見上げると、平田は漸く、ホッとしたらしかった。
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