浄化

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 困惑気味に制服姿を見せる智絵里の姿に、恭介の心臓は高鳴る。 「智絵里……ヤバい、めちゃくちゃかわいい……」 「……二十七歳にもなって制服着ちゃったよ……なんか痛々しくない?」 「大丈夫。まだいける。……ねぇ智絵里、こっちに来て」  恭介は嬉しそうに両手を広げる。智絵里が近寄ると、恭介の両手に捕われ彼の腿の上に座った。 「なんかすごい回り道をした気分だよ……なんであの時この気持ちにならなかったのかな……」 「きっとお互い恋愛スイッチが入ってなかったのよ。だってこんなに居心地の良い友達に出会ったことがなかったから」 「……じゃあさ、今から高校生に戻ってみようか。制服着てるし、気分だけでもさ」 「……出来るかな? そんなこと……」 「そうだな……時期を決めようか。三年のクラス替えの後の五月とかは?」 「いいよ……でも恭介がリードして。私結構忘れてるから」 「あはは、了解」  恭介はキスをしながら、時々耳元に唇を寄せて、囁くように語り始める。 「智絵里と同じクラスになれて嬉しかったな。お前のそばが一番居心地いいんだ。素の自分でいられる」 「うん、私も……」 「美術展の作品作りで残った時、やけに智絵里の周りに男が集まっててさ。なんかそれがムカついて、そいつらに学級委員の権限でたくさん仕事を作ってやったなぁ」 「何それ、初耳なんだけど……」 「球技大会の時は、智絵里にタオルを持ってきてってお願いして、智絵里に近付こうとする男子を牽制したこともある」 「……あぁ、いきなりタオルを持ってこいって言われたアレね。そんな裏があったの? 知らなかった」 「あれっ……よく考えたら俺、いろいろやってるな……五月だけでこんなに出てくるじゃん」  恭介は智絵里の瞳をじっと見つめる。なんでそんなことしたのかな。智絵里を独り占めしたかったことは確かだ。だって智絵里の隣は俺だけの特等席だった。誰にも渡したくなかった。  もしかしたらあの頃にはもう、友達以上恋人未満の感情を抱いていたのかもしれない。  この瞳に映るのは俺だけであってほしい。そんなことを心の奥底では感じていたのかな。 「……智絵里、よく聞いて。今の俺たちは高校三年……担任は田中、俺は学級委員、智絵里は、相変わらず高嶺の花」 「うん……」  じっと見つめられて言われると、不思議とそんな気分になってくる。 「智絵里、好きだよ。俺と付き合ってくれる?」 「えっ……」  恭介の意図がわからなかった智絵里は、驚いたように彼を見た。そしてようやくわかった。  私たちは今、高校三年生の五月。何もかもが起こる前。 「……う〜ん、恭介は友達だし、彼氏っていうよりお母さんだしなぁ……」  わざとそんなことを言ったが、智絵里はつい笑みがこぼれてしまう。 「智絵里のこと、友達以上に見てるんだ。もう我慢出来ない」 「でも……ん……」  智絵里の反論はキスによって封じ込められてしまう。 「本当は俺のこと大好きだろ?」 「……バカ……」  バカと言われたのに、恭介は幸せそうに智絵里にキスを繰り返す。そして彼女の足を再び開かせ、自分の上に跨るように座らせる。 「智絵里の、俺にちょうだい」  智絵里は驚いたように恭介を見た。あぁ、そうね。今は高校三年生の五月だもの。まだ何も知らない、真っ新な私なんだ。  智絵里は涙が止まらなくなる。こんなに幸せで、こんなに満たされていいの? 「智絵里、いい?」 「うん……私の初めて、恭介にあげる……。だからいっぱい愛して……」  恭介の上で繋がり、長椅子に倒れ込む。恭介の苦しそうな顔を見ながら、愛しさが膨らみ続ける。  ずっとこの顔を見ていたい。智絵里は彼の首に腕を回し、何度も唇を重ねる。 「恭介……愛してる……」 「俺も愛してるよ……」  私の心も体も記憶も、どこもかしこも恭介で溢れている。    まるで恭介によって、私自身が浄化されていくようだった。
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