熱く甘く溶けていく

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熱く甘く溶けていく

 呼吸を整えながら、余韻に浸るように恭介は智絵里に何度も口付ける。 「どうする? ここでもう一回する? それとも終わりにする?」 「……なんで恭介ってそんなに体力あるの?」 「相手が智絵里だからだよ。今まで淡白な方だと思ってたんだけどなぁ」  それは相手が私だからってこと? 智絵里は嬉しいはずなのに、元カノの話が出たことに少しモヤっとする。  しかしそのことに気付かないように、恭介は窓際のドアを指差す。 「なぁ、あそこのドアから音楽室に行けるの?」 「うん、行けるよ。使ったことない?」 「だって音楽準備室に用事なんてないし」 「そっか。行ってみる? 鍵はかかってないはずだし」  智絵里は立ち上がると、ドアの方へ歩いていく。案の定、鍵はかかっていなかった。  ドアを開けると、そこには懐かしい景色が広がっていた。やや古びた木の床、色が褪せかけた音楽家たちの肖像画、並んだ打楽器、グランドピアノ。智絵里の六年が詰まっていると言っても過言ではない。  恭介は窓際に歩いていくと、カーテンを開ける。 「仲良くなってからは、よくここから手を振ってたよな」  恭介に手招きをされ智絵里も窓際へ寄ると、背後から抱きしめられる。 「中学の時もこの窓から俺のこと見てたの?」 「……なんのこと?」 「とぼけるなよ。ここから俺のこと見てたって言ってた」 「……よく覚えてたね」 「そりゃあね。たとえ友達の影響だったとしても、智絵里が俺を見ていてくれたなんて忘れるわけがないだろ」 「……正にこの窓。恭介が真っ直ぐここに来たからちょっとびっくりした」  目を閉じれば、あの頃の気持ちが蘇るようだった。いつも楽しそうに校庭を走り回る恭介。ゴールが決まると、嬉しそうに仲間たちとじゃれあっていた。  私はここからその姿を見ながら、自分にはない世界を羨ましいと思ったりもした。  恭介はカーテンを閉めると、智絵里を自分の方へ向かせる。 「今の俺はこっち」  キスをしながらシャツのボタンを外していく。 「せっかくだし、シャツも脱がせておきたいな」 「……エッチ」 「言っただろ? 初めてのことをするって。しかも今の俺は高校三年生、体力はあるんだ」 「……その設定、まだ続いてたの?」 「当然。この部屋にいる間はずっとだから」 「……まぁいっか……。私も嫌いじゃないから」  大好きだった音楽室の匂い。授業中は離れた席にいたし、放課後は窓の外にいたはずの恭介が、今こうして私の前にいる。  智絵里は恭介のブレザーに手をかけると、前の一番上のボタンに触れる。 「私がつけたのってこれだよね」 「そうだよ。ほら、きれいについてるだろ?」 「うん……」  あれから思い出したことがあるの。卒業式の日、恭介はボタンをもらいに来た女の子たちに断りを入れていた。 『ごめん、これ知り合いにあげる約束してるんだ』  でもあげたわけじゃなかった。ということは私との思い出を大切にしてくれたってこと?  智絵里は恭介の頬を両手で挟むと、そっとキスをした。 「さっきちょっとイラッとしたけど、とりあえずなかったことにしてあげる」 「ん⁈ 俺何かした⁈」 「別に……それより私も恭介の制服を脱がしてもいい?」  智絵里が言うと、恭介は顔を真っ赤に染めて両手を広げる。 「……どうぞ。いくらでも脱がせてください」 「あはは! 恭介は私のを脱がすんでしょ? 手を休めないでよ」  この場所に再び来るとは思わなかった。もう二度と行かない、そう思っていた。  それなのに恭介とここに来て、こんな風に声を上げて笑うことが出来た。 「恭介……ありがとう……」  智絵里は恭介のブレザーを脱がせると、一つずつボタンを外していく。(あらわ)になった肌と肌が触れ合うだけで、まるで全身が溶けてしまうような感覚に陥る。  なんて熱くて甘くて気持ちがいいの……。私は恭介の腕の中でなら素直になれる。意地っ張りの部分も、強がってしまう部分も、あなたの前でなら溶けてなくなってしまうの……。
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