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恭介は戸惑いながら、とりあえず中の人へ声をかける。
「すみません」
声をかけてから障子をゆっくりと開ける。その途端、驚いて口を押さえた。智絵里が座敷に倒れていたのだ。
「智絵里⁈」
恭介は慌てて中に入ると、智絵里を抱き上げる。だが智絵里は恭介の腕の中で不満そうな顔をしていた。睨むように、向かいに座っていた日比野を見る。
「謀りましたね……日比野さん……!」
「ごめんね〜。松尾さんと企てちゃった〜!」
「だ、大丈夫なのか?」
心配そうな恭介を見て、智絵里は不思議と力が抜けた。あーあ、なんでこういうところは変わってないのよ……懐かしくて泣きそうになる。
「お前さ、弱いんだったら酒なんか飲むなよ!」
「自分から飲むわけないでしょ! 日比野さんに謀られたの!」
「なんでそんなこと……」
恭介が驚いたように日比野を見ると、彼女は智絵里に笑いかける。
「昼間も思ったんだけど、篠田くんには拒否反応が出てないのよね。しかも智絵里ちゃん、彼に負い目があるって言ってたし」
「負い目……?」
恭介は智絵里の顔を見ようとしたが、彼女はぷいっと顔を逸らす。その様子を見ていた日比野は吹き出した。
「せっかくだから話したら? じゃないと、わだかまりが残ったまままた逃げ出すでしょ? ここで話す? それなら私が松尾さんのところに行くけど」
「智絵里?」
「……話すことなんかないし。一人で帰るからいい」
智絵里が吐き捨てるように言うと、今まで心配そうにしていた恭介が、一転して無表情になる。
「……お前は……どれだけ人に心配をかけるんだ! 日比野さんだってお前を思って……」
「ソフトドリンクとお酒をすり替えることが優しさなわけ⁈ 意味わかんないんですけど〜」
「ああ言えばこう言う……」
「あーあ、だからお母さんはお節介焼きでうざったいのよ! もう放っておいてよ!」
そこで恭介の中の何かがプチンと切れた。そうだ、こいつはいつもこうやって反論してくる。でも……それが意外と楽しいんだ。
恭介は隣の個室に戻って自分の荷物をまとめる。そして松尾の顔を見て頭を下げた。
「松尾さん、ありがとうございます」
「おうっ! 頑張れよ」
そして改めて智絵里の元に戻ると、彼女の荷物を集める。それからスマホを開き、アプリを使ってタクシーを呼ぶ。
「すごい……出来るね、篠田くん」
「一応社会人なので。智絵里、住所は?」
「言うわけないでしょ、バカ恭介」
「お前……」
言いかけて、カバンの中に手帳があることに気付く。恭介は手帳を開くと、最後のページまでめくった。
「お前って本当に変わらないのな」
そこにはしっかりと住所が記入されている。智絵里は昔から手帳を細かく書くのが好きだった。そのため、自分の住所や電話番号も必ず書いてあった。
何かあったら危ないから、書くのはやめろって言ったのにな。智絵里の変わらない部分を見つけて嬉しくなった。
タクシーの到着を知らせる音が鳴ると、恭介は智絵里の体を抱き上げ驚いた。おいおい、軽すぎじゃないか?
「じゃあ智絵里ちゃんをよろしくね」
「日比野さん、月曜日、覚悟しててくださいね」
「あら、怖い」
恭介は日比野にも頭を下げる。
「日比野さん、ありがとうございます」
智絵里は何も抵抗出来ない自分にイライラしていた。どうして恭介には拒否反応が出ないの? 酔っているから? 恭介だから? わからないからイライラする。
* * * *
二人が出て行ってから、隣にいた松尾が日比野のいる個室に移動してきた。
「お疲れ様」
「うん……これで良かったのか、今もちょっと心配してるんだけど。ちょっと複雑ね〜」
日比野は小さくため息をついた。
「でもさ、本当に篠田には拒否反応出てなかったな。あいつは誠実な奴だし、大丈夫だと思うけど」
「月曜日、何事もなく出勤してくれることを願うわ……」
そして二人はグラスを合わせた。
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