あやかし寄席物語

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 師匠である三楽家藤吉に弟子入りして、三年半。  立前座という、寄席で働く前座全体の責任者として楽屋仕事全体を取り仕切る立場になってきた。  高座から、登んぼさんの噺が聞こえる。  頭の弱い男が与太郎の滑稽噺。  前座噺の代表格。『牛ほめ』だ。  高座にかかった噺を記録しておく根多帳に、筆を走らせる。  立前座の大事な仕事のひとつである。  ちらり、と楽屋に視線を走らせる。  真打の師匠方が楽屋入りしてきたようで、前座のひとりが出番の近い師匠の着付けの手伝いにかかっている。前座のうちには着用できない羽織が衣紋掛けにかかっている。 (俺も、はやく一人前になって……)  前座修業は毎日の寄席での楽屋仕事が主である。一流の噺を毎日聴くことができる最高の修練場。しかし、実際に高座に上がって自分の腕を磨ける機会は限られている。  ああ。はやく、浴衣姿での前座修業から脱出して、ひたすらに噺を磨きたい。  俺の名前は、三楽亭みや吉。  前座修業も終わりにさしかかった、落語家の卵。  そして、未来の(たぶん、きっと)大名人だ。 ***  主任……いわゆるトリの師匠が高座にあがる。
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