あやかし寄席物語

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 今日の主任は大御所の冬瓜家雪之進師匠だ。  枕と呼ばれる落語の前振りから、噺の本題に入ったのを確認してから、ほう、と小さく息をつく。 「あとは、追い出しだけだな」  追い出し、というのは最後の演者である主任の噺が終わったあとに鳴らす太鼓だ。前座たちはその「デテケデテケ」、と聞こえる音色をもって無事に今日の芝居がハネたことを実感するのである。緞帳を下ろすのも忘れずに。  寄席が毎日つつがなく運営されているのも前座たちの働きによるものなのだ。  楽屋仕事の最高責任者である立前座も、大きなしくじりもなく主任の出番まで無事にたどり着くとホッと一息ついて肩の荷を下ろすわけだ。  しかし。  俺の肩は軽くなるどころか、ずっしりと重くなった。  肩こり、ではない。原因はわかっているのだ。  ……また来やがったな。 「うーん、あのひよ輔ちゃんが立派に主任をとるなんて。みゃーこ感激!」  俺の方にのしかかってきたのは、小さな人影である。  おかっぱ頭にドングリまなこ。  童女の顔に似合わぬ、どこか色っぽい泣きボクロ。  寄席の楽屋にいるはずのない、小さな女の子が、俺の肩に乗っかっているのだ。
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