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「おい、退けよっ。っていうか、雪之進師匠のことひよ輔って呼ぶのやめろって。それ、大昔の前座名だろ!」
「ひゃあ、怖い顔〜」
言って、ケタケタ笑うこの子は。
「みや吉兄さん? どうかしました?」
「……なんでもない」
この子は、俺以外の誰にも見えていない。
幽霊とか、妖怪とか。たぶん、そういうものの類である。
可愛らしい赤い着物姿というのが、いかにもソレっぽい。
周囲に人がいないことを確認して、盛大にため息。
「クソ。座敷わらしが」
あれは、俺の初高座……プロの落語家として初めてお客様の前に立った日のことだ。緊張と興奮で舞い上がり、楽屋の段差でうっかり足を滑らせて後頭部を強打した。目を回して、意識を取り戻したときに目に飛び込んできたのが、おかっぱ頭の寄席の妖精さんだ。
それ以来、何故か自分にだけ見えるこの怪異に、俺は人知れず悩んでいた。
前座仕事というものは、ただでさえ気を使うのだ。立前座であればなおのこと、楽屋全体、客席全体に神経を張り巡らさなくてはいけない。
こんな得体の知れない存在に構っている場合ではないのに。
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