8.青がよく似合うきみと

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「きみが社長を務めるカラフルアイディアは、きみと同じ美大を出たジュエリーデザイナー・西岡永輝と二人で始めた会社だった。だが、三年ほど前におまえが今の、多くのクリエイターと契約してその才能を売買する事業形態へと会社の運営方針を変更した時、西岡さんはカラフルアイディアを去った。きみのやり方に賛同できなかったからだと、当時を知る社員さんが言っていたよ。西岡さんは、きみと二人でささやかな創作活動を続けることを望んでいたのだと。たとえ収益が少なくとも、きみと二人で……」 「やめて」  理仁はきつく目を閉じた。「もういい」と喉の奥から絞り出した声は、悲痛な色を帯びていた。 「理仁」  テーブルに肘をつき、右手で口もとを覆っている理仁に、武史はなおも語りかけ続ける。 「きみは昨日、オレの中に西岡さんの影を見た。容姿が似ていたのか、なんとなく雰囲気が似ていたのか、それはオレにはわからない。だが、話をしているうちに、きみの中でオレへの印象が変わった。どうしたって叶わない恋をしているオレの中に、きみは、きみ自身の姿を見た」  すぅっと、武史は切れ長の目を細くした。 「西岡さんは、ただの友人じゃなかった。きみたちは恋人同士だったんだろう?」  理仁は力なく首を横に振った。否定しているのではなく、思い出したくなくてそうしているような振る舞いだった。  武史にとって、理仁は鏡のような存在だった。  昨日、武史も理仁の中に悲しい色を見た。永遠に晴れない心の一端を、くすぶり続ける大きな感情の影を見た。  同じものが、武史の中にもあった。陽多に対してかかえる想い。決して外には出せない感情。  似た者同士だったのだ。理仁も武史と同じように、かつての想い人の存在を心に宿し続けていた。  それがひどく苦しいことなのだと、誰にも打ち明けられないまま。 「昨日言ったよね、武史」  やがて理仁はまぶたを上げ、抑揚のない声で語り始めた。 「どうしてオレじゃダメなのか、って」 「あぁ」 「ぼくも言われたんだ、永輝に。『どうしてオレじゃダメなんだ』って、きみとまったく同じことを」  ――どうしてオレじゃダメなんだ?  どうしておまえは、オレのことだけを見てくれない? 「そう永輝に言われるまで、ぼくは永輝の気持ちにまったく気づいていなかった。なにがあっても、永輝はぼくを愛し続けてくれると信じていて、二人の未来のためにも、ぼくは会社を大きくすることばかりを真剣に考えてた。でも永輝は違った。永輝はぼくを失うことを恐れてた。ぼくと二人きりじゃなきゃ不安だった。ぼくは間違いなく永輝だけを愛していたのに、永輝はぼくの心が他へ移っていってしまったのだと感じていた。ぼくはそのことに気づかなかった」  ――オレ、理仁のことが好きなんだよ。おまえと二人でやっていきたいんだよ。  なのに、おまえはどうして。  どうして、他のヤツらなんかと。 「ケンカになったんだ」  理仁の瞳が潤み始める。 「わかってほしかった。ぼくのやりたいことを受け入れてほしかった。わかってなかったのはぼくのほうだった。永輝はもともと人嫌いで、だからぼくが彼の作品を代わりに売りに行っていたのに」  一粒の涙がこぼれ落ちた。大きな後悔がにじんでいる。 「変わらないはずだった。事業形態こそ変わっても、ぼくらの関係はこれまでどおり続いていくはずだった。でも、永輝は……っ」  ――ごめん、理仁。おまえのやり方、オレは受け入れられない。  おまえには、オレだけを愛してほしかった。 「忘れられないんだよ」  あふれ出す涙を拭いながら、理仁は自分の過去と闘った。 「いつか戻ってきてくれるんじゃないかって、今でもあいつのことを夢に見る。あいつが座ってた副社長の椅子は、まだ誰にも座らせたことがない」 「その場所を、オレに?」  これまで黙って話を聞いていた武史が、ここで静かに口を挟んだ。理仁はこくりとうなずいた。 「似てたんだ、きみと永輝が。ただそこに立っているだけで色っぽさがにじみ出る、そんな男らしい雰囲気がそっくりだった。追いかけずにはいられなかった。突然声をかけてごめん」 「いいよ。そんなことはどうでもいい」  武史が首を振ると、理仁は左耳につけていたブルーサファイヤのピアスをはずした。 「永輝が作ってくれたんだ。ぼくが青い色が好きだからって。みっともないよね。いつまでも未練がましく、こんなものにすがってるなんて」  手のひらに載せていたピアスを握り、理仁は拳でトンとテーブルを叩いた。  他人事とは思えなかった。武史だって、今でも陽多のことを想い続けている。いつか地球が逆に回って、未来が変わることを望んでいる。  武史は握られた理仁の右手に自らの手を重ね、青いピアスを奪い取った。驚いた顔をする理仁の茶髪を耳にかけてやり、露わになった耳朶にもう一度ピアスをつけた。 「はずさなくていい」  ホールにぴったりと収まったサファイヤを、武史は()でるように優しくなでた。 「きみは、青がよく似合う」  耳に触れていた手を動かし、理仁の髪をかき上げる。瞳を潤ませる健気(けなげ)な子犬に、武史は微笑みかけた。 「つらかったな」  理仁をそっと抱き寄せる。武史の胸に顔をうずめた理仁は、なでられている頭を静かに振った。 「ごめん、武史。ぼく……」 「なにを謝ることがある?」 「聞いて。ぼくは本当に、きみのことを……」 「大丈夫。わかってる」  顔を上げた理仁と、武史はまっすぐに視線を重ねた。 「オレも、理仁が好きだ」
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