5.愛らしい子犬に誘われて〈☆〉

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5.愛らしい子犬に誘われて〈☆〉

 青白い光に包まれる薄暗い部屋で押し倒され、武史は理仁と熱い口づけを交わしていた。  キングサイズのベッドは広く、まるで水族館の巨大な水槽の中で泳ぐイルカにでもなった気分だ。二頭仲よく、寄り添うように尾びれをくねらせ、くるくると踊るように回りながら水を切る。  理仁は武史をホテルへといざなった。武史も利用したことのある、男同士でも受け入れてくれる場所だった。  背の高い武史の上に容赦なく覆いかぶさってくる理仁は、はじめは優しく、次第に(むさぼ)るように武史の唇を()んだ。「んふぅ……」と時折漏れる理仁の声は色気に満ち、武史の情欲を刺激する。  理仁の右手が頬に触れ、舌で歯の隙間をこじ開けられる。口腔の中で、互いが互いを求めるようにしっかりと絡まり合う二人の熱は、すぐに同じ色に染まった。  抱き寄せるように、武史は理仁の首に両腕を回す。理仁は拒絶しなかった。  二人でごろんと横になり、まだ服を着たままのからだが密着する。理仁の首筋から男らしい汗のにおいがふわりと香った。  嫌いなにおいじゃなかった。さっきから武史の口の中を這い回っている理仁の舌の動きも心地いい。  彼とは相性がいいらしかった。彼もそう思ってくれていることを切に願う。  一夜限りの関係を結んだ男など過去に何人もいたが、今夜の交わりは至高のものになる予感がした。ただ寝転がって舌を絡ませ合っているだけなのに、自然とリラックスできた。  理仁の唇が、武史の口から首筋へと移動する。ちゅぅ、と(あかし)を残すように強く吸われ、思わず声が漏れそうになった。 「我慢しないでよ」  理仁の右手が、サイドを(いさぎよ)く刈った武史の黒いパーマヘアをかき上げた。 「せっかくのいい声なんだからさ」  (あら)わになった額にキスをされる。そう簡単に照れてやったりするものかと、武史はにらむように理仁を見た。 「なぜ、オレに声をかけた?」  理仁は真意の読めない微笑を浮かべて首を傾げた。 「言ったはずだよ。武史のことをかっこいい人だと思ったからだって」 「本当にそれだけか?」  なぜこんなにも(いぶか)るのか、武史自身にもよくわからなかった。理由はわからないけれど、理仁の中になにか大きな感情が眠っているように思えてならない。  そしてそれはたぶん、武史のかかえているものと似たような形をしている。  必死になってたぐり寄せても、決して手に届くことのない――。 「ねぇ、武史」  もう一度押し倒すように、理仁は武史の肩をベッドに押しつけ、その上に馬乗りになった。 「人が人を好きになるのに、なにか特別な理由が必要なの?」  くるりと丸い、茶色がかった理仁の瞳が細くなる。元家具職人の繊細な人差し指が、武史の唇をそっと塞いだ。 「ぼくだけを見て、武史。もっとぼくのことを知って」  理由はいらない。触れて、肌で感じるものだけを信じてほしい。理仁はそう言っているようだった。
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