7.彼が気づかせてくれた答え

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「なんとか言ってよ、五十田さん!」  黙りこくっている武史に、陽多がついに声を張った。 「ねぇ、嘘でしょ? まさか、本当に……?」 「心配するな」  バックミラー越しに、武史は陽多に微笑みかけた。出すべき答えを手にした男の顔は、清々しく、澄み切った青空にも似た爽快さだ。 「病気なんて見つかっちゃいないさ。至って健康。昨日も散々酒を飲んだよ」 「ほんと?」 「あぁ。知り合いの経営してるバーに顔を出して、そこで出会った初対面の若社長とよろしくやってきた」 「よ、よろしくって……?」 「寝た」  端的に告げる。陽多の目が点になった。 「言ってなかったか? オレはゲイだ」  えええええ! と陽多の絶叫が狭い車内にこだました。 「うそ、う……嘘でしょ」 「心外だな。この八年間、おまえに必要のない嘘をついたことは一度もないんだが」 「嘘だ! だって、い、五十田さん……!?」  武史は快活に笑った。自分だって恋人は男であるくせに、陽多は「嘘だぁ」と盛大に頭をかかえた。  車は撮影スタジオの入っているビルの地下駐車場に乗り入れた。バックで停め、エンジンを切る。 「ありがとう、陽多」  後部座席を振り返り、武史はまっすぐ陽多の姿を見つめた。 「心配かけてすまなかった。実はいろいろあったんだが、おまえのおかげで吹っ切れたよ」 「いろいろって?」 「いろいろは、いろいろだ。おまえが気にするようなことじゃない」  そう、陽多は無関係。気にするべきじゃないのだ。武史が勝手に恋をして、勝手にフラれて、勝手に次のステップへ進もうとしているだけの話なのだから。  車を降り、陽多を降ろす。スタジオに入るまでの道すがら、陽多はずっと不機嫌な表情を浮かべていた。 「ねぇ、なんで急に元気になったの」 「何度も言わせるな。おまえには関係のないことだ」 「でも、僕のおかげで吹っ切れたんでしょ?」 「あぁ。おまえが昨日、オレに時間をくれたおかげだよ」 「だったら理由くらい教えてくれたっていいじゃん」 「おまえが大人になったらな」 「もう大人だよ! いつまで僕を子役だと思ってるの!」 「ずーっとだ。オレの中で、おまえは永遠にお子ちゃまだよ」  寝ぐせだらけの陽多の髪をくしゃくしゃとなでる。そのお子ちゃまに恋をしたのはどこのどいつだと、武史は声を立てて笑った。陽多はバカにされているのだととらえて牙を剥いたけれど、適当にいなした。いつものことだ。  撮影の準備が整うと、武史は自分の仕事をこなしながら、一つ、急ぎの調べ物をした。さらにその隙を見て、理仁にメッセージを送った。 〈今夜、会えない?〉  貝森の店に誘った。二人の出会ったあの場所で、誠意をもって返事をしたい。  理仁はすぐにOKの返事を送ってきた。仕事の都合で何時になるかわからないと伝えると、〈待ってる〉と寛容に返してくれた。  スマートフォンを握りしめ、武史は我知らず笑みをこぼした。  早く、理仁に会いたい。顔を見て、彼に伝えたい。  陽多の優しさが気づかせてくれた大切なことを。  確かにそこにあった想いを、簡単に上書きしてはいけないのだと。  陽多の迫真の演技を見守りながら、武史は新しい夜の訪れに胸を馳せた。  錆びついていた時計の針が、心の中でゆっくりと時を刻み始めた。
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