56人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
背後でドアが開いた。
彼女である。ちょっと一人で出かけたいといって出ていた彼女が帰ってきたようだ。
「おかえり」
俺は笑みを浮かべて振り返った。だが、無言でこちらを向いて立つ彼女の手に握られていた物を見た瞬間、その笑みはまるで波が引いていくように消えていった。
代わりに湧き上がってきた感情は、やはり悲しみだった。
俺は思いきって聞いてみた。
「それで、いいの?」
彼女は何も答えない。代わりにその手が俺の方に向かってまっすぐ上がっていった。
彼女の手には拳銃があった。
俺は銃口を向けられているというのに不思議と恐怖は感じない。それを持っているのが彼女だからだ。
彼女が拳銃を持ち、それを俺に向けるというのなら、それはそれで仕方がない。それだけ俺は深く彼女を傷つけていたということなのだから。
俺はこみ上げてくる悲しみを抑えながら、素直に自分の正直な気持ちを言葉にした。
「ごめんね。何もできなくて」
すると無表情だった彼女の目から涙が一筋流れていくのが見えた。
俺は困ってしまった。
なんで泣くんだよ。これで最後じゃないか。長い間、君を苦しめていた存在が、いま君自身の手によって消える。これで君は自由じゃないか。
君は選んだんだろう? 一人で生きていくことを。
やっと自分の足だけで立って生きていく決心ができたんだろう? なら、早くその引き金を引かなきゃ駄目じゃないか。
君が泣いていると俺も悲しくなってしまう。感情を見せるとしたら、散々君を傷つけてきた俺への怒りか、俺からやっと解放されるという喜びを見せるべきなんじゃないのか?
本当なら君と同じ道を歩きたかった。できることなら君と同じ景色を眺めていたかった。
だけど全てはもう終わってしまったこと。
別れた三ヶ月後に、最後の思い出にと一緒に旅行へ行きたいと言ってきたときは、その考えが理解できずに少々面食らってしまった。
だけど、やっと理由が分かったよ。そして見事に悪い予感が的中してしまったことを、いま噛みしめている。
でも、気持ちの準備は、もうできているよ。
さあ、勇気を出して。
俺も彼女につられて泣きそうになりながら、それでも最後の瞬間まで大好きだったその顔を目に焼き付けておきたくて、じっと彼女が引き金を引くのを待っていた。
室内に一発の銃声が響きわたった。
最初のコメントを投稿しよう!