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なれそめ
「お隣、座っても良いですか?」
近所のチェーン店の居酒屋さんで夕飯を兼ねた晩酌をしていた俺は、ふいに背後から話しかけられた。
店内はそこそこ混み合っていて複数人用のテーブル席は空いていないようだった。だとしたら、あとは俺のような一人客のためのカウンター席が空いているだけなのだろう。
「ええ、どうぞ」
別に反対する理由はない。俺は話しかけて来た相手に目をやることもなく素っ気なく答えた。
ほのかな甘い香りを漂わせて、俺の隣に一人の女性が座った。
「良かった。ここの焼き鳥、好きなんですよ」
「へぇー」
適当に相槌を打つ。馴れ馴れしい人だなと思いつつもあまり無愛想なのも良くないと思って、俺は隣に座った女性にちらりと目をやった。
じっとこちらを見ていたらしい女性と目が合う。
「やっとこっちを向いてくれた」
「えっ?」
一目見て綺麗な人だと思った。
日本人にしては瞳の色素が少し薄い茶色で、鼻は少し高い。魅力的な薄いピンク色の唇の右下には小さなほくろが一つあった。
「どうしたの?」
「いや、綺麗な人だなと思って」
「え、ありがとう」
にっこりと笑う。自分を愛してくれる彼氏から言われ慣れているのだろうか。褒められても彼女は特に照れたりすることもなかった。
しばらくして彼女の分のビールが届いた。
「せっかくだから乾杯しません?」
「ええ、良いですよ」
グラスとグラスを軽くぶつけて小さく乾杯をする。
何をやっているんだ俺は。彼女に言われるがままに乾杯をして、そのままビールを一口飲みながら、俺は思った。
突然の女性の方からの積極的なコミュニケーション。今までこれほど積極的に年頃の女性から話しかけられた経験がない俺は、内心嬉しく、けれど戸惑うばかりだった。
「一人なんですか? あ、いや、別にナンパしてるわけじゃないんだけれど」
思いきって尋ねてみたら、思いっきり笑われてしまった。
どうも格好がつかない。
「今日はね。でも、やっぱり、こういう賑やかな場所で食事をするなら、誰かとお話ししながらした方が楽しくありません?」
確かに彼女の言う通りだった。
田舎から出て来て就職した手前、俺はアパートに帰っても一人ぼっちだ。近くに友だちはいないし、できるようなきっかけもない。
たまには職場の人から食事に誘われたりもする。でも、社会に出て一年にも満たない身分では、食事の席でも話は自ずと仕事の話になり、日頃の態度やその場での受け答えが悪ければ、そのままお説教の時間になってしまう。
一人でテレビを見ながらの孤独な食事と職場の先輩たちとのお説教を兼ねた食事。そのどちらも嫌で、こうして一人ではあるけれど賑やかな居酒屋さんで夕御飯を食べるのが、最近の俺の新しい習慣になっていた。
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