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俺たちの様子を黙って見守っていた彼女はくすくすと笑っていた。
「あれは、かなり興味深々だわ」
「どういうこと?」
どうやら彼女によると、彼女のお父さんの方も俺と一緒で何とか冷静を保とうとしていたとのことだった。
そんなふうには見えなかったのだが、娘である彼女がそう言っているからにはそうなのかもしれない。
いや、そもそも俺も彼女のお父さんも、お互いが冷静を装わなければならなくなったのは、彼女が詳しい事情を話すこともなく俺たちを会わせたことが原因ではないか。その意味では俺たちは彼女の悪戯心に翻弄されているわけで、本当は彼女に抗議をした方が良いのかもしれない。
そんなふうに考えたりもしたが、結局俺は何も言えなかった。
「じゃあ、食べ終わったら何処かに行きましょう。ランチタイムも終わったし、このままお店にいても滅多にお客さんなんて来ないんだから。後はお父ちゃん一人で大丈夫よ」
「いいの?」
「うん」
みそらさんは何だか嬉しそうに頷くと「お父ちゃん、私これ食べ終わったら遊びに行ってくるね」と早速厨房の奥でテレビを観ているらしい親父さんに声を張り上げるようにして伝えた。
奥からは「夕飯の買い物、よろしくなー」と言う声が返ってきた。
鴨せいろを食べ終わって財布を出す。
「いくら出せばいい?」
「いいのいいの。これから遊びに行くんだし」
「いや、でも悪いし」
初対面でないとはいえ、無闇にご馳走になるわけにはいかない。
抵抗する俺に、彼女はもう一度奥にいる親父さんに「お父ちゃん、湊くんの分、おごりでいいよね?」と尋ねた。
「好きにしろ」
奥からはそう返って来た。「ね、私が言った通りでしょう」とばかりに彼女が俺を見る。
俺は渋々引き下がるしかなかった。
「じゃあ、行きましょうよ」
「うん。じゃあ行こうか」
さぁ、初デートの始まりだ。
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