彼女の事情

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 だけど、三年も働くとさすがに息切れをするようになってしまった。  上司からは高い評価を得られている。直属の先輩に関しては、処理された書類のチェックを任されていた時に数字の桁数を一桁間違えていることを発見し、社内が騒然とする中で何とか時間内に訂正業務をやり遂げたことで、もはや私に頭が上がらない。同期はもう私以外みんな辞めてしまっていた。  マーケットが開いてから閉まるまでは常に緊張状態で気が抜けない。一秒間に何万回という売り買いが行われ、想像を絶するような金額が動いている。私は何とかしがみついていた。  苦しい。だけどもらえる報酬は大きい。それはまるで麻薬をやっているかのようだった。  そんな時、私は同僚の先輩男性と付き合うようになった。  彼はいわば戦友で、成績がトップのエースだった。だけど、付き合いが深くなるにつれて、彼は暴君と化していった。  時間に追われ、金額をただの数字として見て常に追いかけているとストレスが溜まる。自分が打ち込んだ数字で大きな取引が成立したときは最高だ。だけど、失敗したら大変なことになる。あちらこちらから罵詈雑言、金を返せとか死んでしまえとか、まともな人間扱いはしてもらえない。彼はそのストレスを私にぶつけるようになっていった。  やっている仕事は私も同じである。ただ私が選んでいる銘柄が変化のあまりない安定銘柄ばかりなのに対して、彼は新興の値動きの激しい銘柄ばかりをいつも売り抜けていた。  案の定、彼が相当大きな損失を出したとき、彼は私に暴力を振るってきた。その時には私も同僚の男に負けないように懸命に努力を重ねていて自分に自信を持っていた。だから、大声で言い返したりした。  汚ない言葉。言われたくない言葉。言われたら傷つきそうな言葉。今まで言えなかった言葉。お互い感情に任せるがままに罵りあって、私たちは別れた。  プライベートでは何でもないこと。だけど、仕事をこなしていく上では大問題だった。  同じ業務を遂行していく戦友は、陰湿な密告者へと変わった。  あることないこと言われてその都度釈明を求められる。恋人どうしだったから何でも打ち明けていたが、何でも打ち明けていたからこそ、たちが悪かった。  もちろん通常の激務は変わらない。しかし、こちらの精神状態が正常でないと、簡単な業務すらもまともに処理できない。私は会社を辞めるしかなかった。
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