牙と追憶

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 音が流れていた。  川の流れのようなチェロの低音とその上で跳ねる水飛沫のような軽妙なピアノの音。それからグラスを拭くキュッという音。神津(こうづ)スカイタワー27階の展望ラウンジは360度大きなガラス張りで、景色がどこまでも見渡せる。  俺はこのラウンジが好きだった。何かある度にここに来た。この広がる景色は俺の遠くの記憶に繋がっているような気がするから。  今は既に夜だから北側にあるはずの青い山並みは見えないけれど、南側の足下は明るいネオンが満ちていて、そこから橋のようにまっすぐ伸びる街道の街路灯と繋がるさらに南の繁華街の街あかりが煌めいている。そのキラキラした幻想的な光の波が、どことなく彼岸への橋渡しのようで、今日のこの日にふさわしいように思われた。  今日は葬式だ。  昨日、友人が死んだ。  正確には死んだことを知らされた。どうして死んだかは聞いていない。  今日の昼、共通の知人だと名乗る人物から形見だと言われて犬歯をニ本渡された。その友人とやらの犬歯がどんな形だったかは覚えていなかったが、受け取った時にピリリとなんだか懐かしい感じがして、その犬歯は確かに友人のものなのだろうと感じた。  けれどもその友人とは誰だろう。  友人と最後に会ったのはいつだろう。  よく思い出せない。どんな友人だったのか。それもよく思い出せない。小さい頃の友人だったかな。ぼんやりとした記憶を探しても霞がかかったようで手がかりは見つからなかった。そもそも知人と名乗る人間にも心当たりはないのだ。なんとなく、狐につままれたような。  右手の中で犬歯を転がす。触れ合ってカチリと音を立てる。  犬歯と言われてやっとわかる程度に少し尖っている。そういえばと思って首筋に触れた。  俺の首には生まれた時から二つの小さな痣がある。吸血鬼のように並んではいない。人の口で噛んだ時にちょうど犬歯と犬歯が当たるような場所。  この犬歯に噛まれたのだろうかと思って何の気無しに首に当てた。
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