牙と追憶

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 けれどもバレた。  今年はどうしようもない程の飢饉の年。けれども俺たちの家の前の小さな田んぼだけは例年通り稲が実っていた。だから俺たちは村人に襲われた。    すでに村八分、殺して奪ってもなんの良心の呵責もないのだろう。村人は母を殺し、俺たちを殺そうとしたところで俺たちの額の角に気づいて慄いた。  異形の者を殺すと祟られると聞く。だから殺さず村を追い出したのだろう。  きっと家で実った稲は全て奪われた。  何故だ。何故こんな仕打ちにあう。  許さない。母の仇は必ず取る。  口の中の犬歯が触れ合い奇妙な音を立てた。  けれども今考えるべきは当面の食料だ。獣でも取れないだろうか。  耳を澄ませる。だが近くに音はしない。野鳥や動物はいることにいるようだが、こちらが捕まえられる距離にはいない。ようよう近づいてもこないだろう。  小さくため息をついて弟の頭を撫でる。指に角が引っかかる。  同じ日に生まれたのに弟は俺より小さい。だから俺が兄だ。兄は弟の面倒をみるものだ。俺は体がでかいからまだ我慢ができるが弟は小さい。困ったな。 「我慢できないか?」 「うん」 「よし、じゃあ兄ちゃんの血を飲め」 「兄ちゃんごめん」  弟は恐る恐る俺の膝の上に乗って頸動脈に歯を立てる。フツリという痛みとともに流れる血の香り。  吸い上げられる血流。  弟も俺もおそらく人間ではない。そして弟は俺より更に人間ではない。俺はまだ瘤だ犬歯だと言い張れる程度だが、弟の額からは1センチほども突起が飛び出し、犬歯も隣の歯ひとつ半ほど尖っていた。その分、俺より小さいのに俺より何倍も力が強く、正気を失いやすい。  しばらくすると弟は満足したのか疲れ果てたのか、静かな寝息を立て始めた。その小さな頭を撫でる。  前々から思っていたが俺と弟の父親は鬼という奴なのではないだろうか。この辺りの山に巣食う鬼なのかな。どこかで会って助けてもらえないだろうか。そう思っても母ですら心当たりがないのだからどうしようもない。  弟の頭をなでながら途方に暮れる。いつのまにだか山の端から月が登り、俺たちを薄っすらと照らしていた。  明日からはなんとか飯の目処を立てなければならない。
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