牙と追憶

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 翌日、俺たちは辻斬りをすることにした。  信用も寄る辺もなにもない子ども。有るとすれば普通より強い膂力だけ。他にできることはなかった。  狙うのはなるべく独り身の旅人、あるいは強盗のような者たち。  幸いにも道は細く人通りもそれほど多くはない。そして俺たちは子どもだ。俺も弟も年は10だが、弟は7つほどにしか見えない。  道に迷ったふりをして子供二人で近づいてそのまま息の根を止める。そして草むらに引き摺り込んで食う。まさに鬼の所業だ。  けれどもこの行為を鬼と呼ぶのならば家族三人で暮らしていた俺たちを襲って母を殺した村の奴らも鬼だろう。何が違うというのだ。  俺たちは辻で人を襲い、いつしか町では『あの辻には鬼がいる、辻鬼だ』と噂されるようになった。 「兄さん、私は辻鬼なのですか」 「そうらしいな、人を襲って食っている。まあ鬼には違いない」 「けれども兄さんは鬼ではなにのに。おかしなことですね」  辻近くの廃寺で寄り添って眠る弟はそう呟く。俺の額の傷跡を撫でながら。  旅人を襲って肉は調達できるとしても、それだけでは暮らせない。衣服や塩、生活用品、必要なものはたくさんあるのだ。だから俺は旅人が持っていた金子を忍ばせ少し離れた大きな町まで出かけて買い物をした。買い物をするために俺は少し飛び出た犬歯を削り、額も怪我に見えるよう傷つけた。  そのうち、俺はそろそろ大人と言えるような体格になった。  けれども弟はまだ10程にしか見えない。そこで成長を止めたように見える。畑仕事をしなくなったせいか色は奇妙に白く目は赤みを帯び、どことなく額の角は瘤と言い逃れられないほど皮膚の下で鋭角に尖っていた。そして近頃では怪しげな術で風や霧を呼べるようになっていた。  その膂力はますます強く、腕相撲などしてみれば俺の全力は弟の小指にようやく勝てる程だ。その速さは飛ぶ鳥に並び、誰も追いつくことはできず視界に収めることすら困難だ。  つまり弟は率直に言って人ではなくなっていたが、俺と弟の関係は変わらず兄弟であり続けた。  だから最近人を襲うのは専ら弟だ。俺は立ち回って手製の弓を構え、逃げ出す者がいないか見張るだけ。  最近は辻鬼の噂が広まったのか、町からこの道を訪れる者もいない。食料は俺が弓矢で鳥獣を狩ることで賄っているか、現金が乏しく生活が厳しくなってきた。皮を鞣す技術でもあれば話は違うのだろうが、俺と弟はこの辻を離れられない。
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