牙と追憶

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◇  ふっと意識が戻り、慌てて首から右手を離す。  カタリと左手のひらに転がる一本の犬歯。  うん? 俺は犬歯を二本持ってなかったか。今、右手に何も持っていなかった……よな?  開閉しても何もない。左右を見回したけど落ちていない。首筋に当てて……。おかしいな。流石に落とせば見つかる大きさとは思うが。  それはともかく……今のは何だ。  誰も彼も記憶にはない。何処も此処も覚えがない。けれども酷く懐かしい。  そして夢の中の所業に震えた。恐ろしい。あの弟鬼は何のためらいもなく人を殺していた。  手に生々しく残る鉄、重い刀の感触とむせ返るような血の匂い。  なんだったのだ、今の夢は。  思わず窓の外をキョロキョロ眺める。  そこでは相変わらずガラス窓の外にたくさんの光が散らばっていた。  ふぅ、と俺を取り戻す。  友人の葬式。そう思って感傷的になっていたのだろう。  このたくさんの光をみて感傷的になっていたに違いない。そして昔テレビかなにかで見た時代劇が記憶と混濁したのだろう。その証拠に。そう、その証拠に夢の感覚はVRのように酷く生々しかったけれども、その心情を自分のものとは感じ取れなかった。酷く現実感がない。  けれどもあの夢の中の生々しい牙が首筋を破る感触。  目を落として左手に残る犬歯を見た。首を振る。そうだ、やはり関係ない。あの弟鬼の犬歯はこの手元の普通の犬歯と違って随分長かった。倍ほどには長く尖っていた。  けれども俺の首筋のあざは二つ。あてたのは一つ。
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