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キッチンに立つクラの後ろ姿を見ていたマリは実家の母を思い出してしまった。
母は地元では有名な農家の一人娘で、土地や財産をすべて母が相続しなければならないと
祖父や親戚から言われてきたそうだ。
中学生の時に母は生まれて初めて恋に落ちた。
初恋だった。
母は誠実に自分を愛してくれるその男性と一生添い遂げようと決めていた。
18歳になった母は祖父に彼と結婚を前提にお付き合いをしていると報告した。
だが、祖父は
「お前の相手はお前が生まれた時から決まっておる。その男とは別れなさい」
と頑として受け入れてはくれなかった。
母は、結局祖父が決めた相手と結婚した。
そして産まれたのがマリだ。
母は大晦日や、お酒を飲んだ時には決まって初恋の人の話をマリにコッソリ聞かせた。
初めは父の手前、その話をどんな顔をして聞いていいか分からず困惑したが、マリ自身が初恋を経験してからは、母の気持ちが理解できるようになった。
そんな母がよくマリに言っていた言葉がある。
「マリ、女の子の財産って何かわかる?」
幼いマリは首を横に振る。
「ほら、こっちへ来てマリ。鏡を御覧なさい」
マリは言われた通りに鏡の前に立つ。
「マリ。ママの真似をして笑ってみて」
母は鏡越しに、ニッコリとして見せる。
マリも母の真似をして微笑む。
「そうそう。その笑顔。その笑顔がマリの財産よ。どんなに辛い事や悲しい事が起きたとしても、女の子はそうやって笑顔を忘れずに居れば必ず幸せになれるわ。忘れないでね、マリ」
母はそう言ってマリを抱きしめた。
勘違いかもしれないが、あの時、母は泣いているように思えた。
それから半年ほどして母は亡くなった。
末期癌だった。
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