水天一碧

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水天一碧

 爽やかな風が髪を撫でる。窓から差し込む光が柔らかく、絹のように体を包み込んだ。重たい瞼を開けると、霞んだ景色の中で朧気な光を見つけ、手に取った。朝を知らせるアラームよりも前に目が覚めた。  顔を洗い、霞みをとる。視界と思考がクリアになるのを感じる。スーツに袖を通し、テレビをつけると食パンをトースターに乱暴に突っ込んだ。  朝の情報番組で、コメンテーターが何やら気難しい顔で苦言を呈していた。 「現代は、心を病んでいる人が多い。これは、ネットの普及が影響しているんだ。ネット依存症になって現実逃避をする若者は、昔のような活気が見られない。だから……」  私はテレビの電源を消すと、トースターから焼きあがったパンを取り出し、皿に乗せる。冷蔵庫から牛乳を出してコップに注ぐ。立ったままパンを口に放り込み、牛乳で流し込むようにして飲み込んだ。  時計は7:30を指している。急いでシンクに皿とコップを置いて、カバンを持つと玄関に向かった。  玄関に散らばった革靴に足を突っ込み、踵を押し込む。バランスを崩した勢いに任せて玄関のドアをひねり、体重をかけた。  ガチャガチャと鍵を忙しなく回し、小走りで階段を下りた。アパートを出ると青信号が点滅しているのが見える。カバンを持ち換えて、歩幅を大きくして駆けていく。車道に出る一歩手前で赤信号に変わる。  駅までは10分ほどだが、電車を一本逃すと始業に間に合わない。いつもギリギリになってしまう。いつからこんなに時間に追われるようになってしまったのだろう。  車が途切れた合間を見て、スッと信号を渡った。 駅に着いて、改札の手前でモタモタとしながら定期券を探す。後ろにはサラリーマンが連なり、改札でモタつく私に舌打ちをした。焦るばかりでなかなか見つからないので、一度列から外れてしゃがみこんだ。 「何やってんだよ」 「どけよ」 道行く人達が罵声を浴びせてゆく。しゃがみこんだ背中に重くのしかかって振りほどけない。急に動悸が激しくなり、カバンの中に吸い込まれそうになった。そのまま俯せになってしまい、動けなくなった。そのまま視界がゆがんで、隅から徐々に、そして急速に暗くなっていくのを感じた。
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