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異常者の日常
——朝。
私はとある地味なマンションの一室で目を覚まし、人並みに髪の手入れ、洗顔、歯磨きをし、近くのコンビニへ朝ご飯と昼ご飯と夜ご飯をまとめて買いに行く。
帰って朝食以外を、一人暮らしにしては大きい冷蔵庫へ入れる。朝食を摂る。
普通に制服に着替えて、平凡な学校へ……
……ああ、そうだった。
今日は依頼を朝に受けるのだった。
不意に思い出して、北西の方を見る。
そろそろ行った方が良さそうだ。
凡庸な通学路を無感情に歩き、彼を見つける。
——未だに、この瞬間に慣れない。
“シュウ様”を見つける、この瞬間に。
内側から湧き出る様な、恋するような高揚。いや、私は恋をしたことがないので、もしかしたらこの表現は間違っているかもしれないけれど、異常の無い元友人に読まされた在り来りな少女漫画で描写される瞬間と、なんとなく似ているような気がしている。
彼から依頼内容を聞いて、もう少しだけ顔を見ていたくなるのを我慢して、“シュウ様”と別れる。
それから、平凡な学校へ向かい、着く。
上記した少女漫画を貸してくれた元友人は、数ヶ月前から私を避けている。理由を推測するに、彼女は学校一のイケメンと言われる東条蓮を好きだったのに、彼が私を選んだことに嫉妬しているのだと思われる。よくあることと言えばよくあることだ。
……それにしても、恋というものは人々にとって甚だ大事なものらしい。
荷物を机に仕舞おうとしたところで、今度は現友人が話しかけてきた。遠山暁音という。
黒髪のポニーテールに、色素の薄い目。右目の下に泣きぼくろ。容姿だけで言えば至って平凡な彼女は——私ほどではないが——少し異常だ。
「やっほ〜、ヒカリ。今日は一段と可愛いじゃんか、どーしたの?」
……“ヒカリ”というのは、私のことだ。有り触れた名前。
それは置いておくとして。この友人のおかしいところは、人の感情の機微を敏感過ぎる程よく感じ取るところ。心が読めるのではと、本気で疑ったほどに。
……どちらかと言えば優しげな印象を受けるその瞳の奥底に、只ならぬ気配を忍ばせている。
そしてさらにおかしいのは、驚くべき観察眼を持っていながら、私から離れないところだ。つまり、彼女は私の異常性をとっくに察知しているに違いないのに、少女漫画の元友達のように避けるようなことをしない。私に微笑み続け、多少怪しい言動を取っても何も詮索しない。
面白いので近くに置いてみている。彼女はどうしたら私を憎むだろうかと、今日も考えながら。
私は答える。
「そんなことないよー、いつも通り可愛いだけだよ」
女子高生には、多少変なことを言っておくのがいいらしいので、そう言っておく。彼女が私の本性の片鱗を知っているからと言って、仮面を着けるのは止められない。これ以上知られない為にも。
「ははは! そっか。いや朝から好きな人に会えた恋する乙女みたいな顔してたからさ」
「えー? ほんとー?」
私は笑いながらそう言う。彼女はどこまで秘密を暴くのだろうと、考えながら。
……そう、それに、そんな顔をしている筈は無い。私は、感情を表情に変えることができないのだから。
「ほんとだよー。まあでも、ヒカリには彼氏いるもんね」
彼女は含みのある笑顔を向けてくる。
私が東条を好きでないこともお見通しらしい。
「まあね」
私は鋭い彼女の眼を真っ向から見つめて言った。
さて、今日は別のクラスである東条がイチャ付きに来ることも無く朝の時間が終わったので、比較的凪いだ心のまま授業に向かうことができた。
私の学力と運動神経を惜しまず見せびらかして、昼食は遠山暁音と一緒に摂る。
東条は次期生徒会長なので、忙しくて昼は来られないらしい。もうすぐ私たちは三年生になるから。
暁音は朝の鋭さを発揮せず、ただのうのうとお弁当のおかずについて喋っていた。卵焼きが好きらしい。そういうところは普通だ。
私は菓子パンを貪りながら「私は特に好きなものとかはないかな」と言う。
「えー、つまんないなあ」
「うん、まあ強いて言えば、バランかな」
「え? なにそれ」
「よくコンビニ弁当とかに入ってる草」
「えっあれ好きなの? ……食べるの??」
暁音が笑い混じりに訊ねる。
「食べないけど。なんか面白いじゃん」
「そっ、そっかっ……!」
暁音は笑って弁当が食べられなくなっていた。彼女はよく笑う。
こういう時、まともな返答ができなくて困る。嘘が苦手だから、特に暁音に対しては、正直でいなければならない。それか適当に話を変えるなりして誤魔化すか。だがそれも一対一の会話では難しい。
だからあまり、お喋りな女子とは特に、話したくないというのが本音だ。
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