復讐者の愉悦

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復讐者の愉悦

 もう何回依頼をしたのだろう。覚えていない。キライと出会ってから二週間余りが経ち、既に両手の指では足りない数の人間が殺されている。  例のも、そんな状況で他人をいじめるているどころではないようで、暗い顔で椅子に座り込むことが多くなった。仲の良かった友達、兄、担任、好きだった女子と、相次いで自分に近い人間が消えたのだから当然だ。ざまあみろ。  ……そうだ、これを見たかった。の憎い笑みが消え、代わりに絶望の色で顔中を染める、その表情を。  そして、僕は解放されたのだ。  しかし。このまま生かしておけば、もう少し苦しめることができるかもしれない。とは思うのだが、リスクが高いのでそろそろ殺してもらおうかと思う。がこの頃、僕を恨めしげに睨むようになったから。  バレていたとしてもおかしくはないし、このままだと中学も同じになりそうという理由もある。  卒業式前日。  ほとんど中の入っていない、黒いズタズタのランドセルを背負って帰路につく。  今日の依頼内容は、もちろんだ。ああ、もう少し……あとちょっとであの憎い存在をこの世から消せるのだ。  ——これほどまでに、幸福で興奮したのは初めてだ……。  ……そうか、僕はもう、誰にも虐げられることはないのか。  今更なことだが、どうも僕の手に入れたキライという道具は、よほど強力で有能なものであるらしいと感じる。  僕の中でどうしようもない壁として立ち塞がっていたをいよいよ消せるということで、ようやく実感がわいてきた。  ……そんなふうに沸き立つ僕を、不意に呼び止める声があった。 「——おい」  もう聞き慣れてしまった、憎い声。  振り返ると……やっぱり、がいた。  僕は黙って、明日には消える存在を見つめる。うつむいて、少しの沈黙を挟んでからは口を開く。……瞳に黒い炎を灯して。 「……おまえだろ」 「なにが」  僕は少なからず動揺したが、表には出さなかった。 「ふざけんなよ……。クラスの奴らとか、先生とか…………兄ちゃんとかが」  声を低くして、押し殺したように言う。何か込み上げてきたのか、そこで一度言葉を切り、続けた。 「……みんなが、行方不明になってるのは、おまえのせいなんだろ……!」  声が徐々に怒りで大きくなる。目をギラギラとさせて僕を見る。僕はその目を逸らさず見つめながら、答える。 「——なんの根拠があって言ってるのか知らないけど、僕はやってない。……できるわけないでしょ」 「……じゃあ、誰かにやってもらったんだ」 「だから、根拠は?」  怒りで震える相手に対し、僕は努めて冷静を保った。 「…………うるさい。おまえがやったんだ。おまえ以外にはやる理由がないんだよ……!」  今度は、押し殺さずに怒りをそのまま声に出していた。  ……迷いのない目をしていた。  自分の正しさを信じきり、それがまっすぐに敵意として僕へと襲いかかっていた。  体育の成績だけは一番のが、気づいたらすぐ目の前に迫っていて、少しの間忘れていたはずの痛みがみぞおちに響いた。  次に、視界がぐらりと傾く。  こめかみを殴られた。……意識が、遠のく。  それでも手を緩めず、は僕を殴り続ける。気が済むまで、やめる気はないのだろう。  ……ああ、人間って、本当にもろいな。僕はこのまま死ぬんだろうか。  それもいい。  だって、そしたらは、一生殺人犯の汚名を被ったまま生きるんだから……。  まあ、それを言ったら僕は大量殺人犯だけど。  暗くなっていく視界の中で、の怒りに歪んだ顔が……何かを捉え、恐怖で真っ青になるのが、最後に見えた。  ……ああ、きたのか。  目が覚めたら、僕は孤児院の布団で仰向けに寝ていた。窓の外はもう夜に染まっていた。  身体の痛みは嘘のように消えていた。  上体を起こして念のため痛い場所がないか探す。ふと、気づく。  勝手にパジャマに着替えられているが、それよりも。  胸ポケットに違和感があったので、探ってみると、紙きれが入っていた。 『明日、いつもの時間にお伺いいたします。   キライ』  いやにきれいな手書きの字だった。  明日は卒業式だから、帰る時間はいつもよりずっと早い。でもキライは普通の日だから、いつもの小学校の下校時間くらいでないと会うことができないのだろう。  孤児院に直接来られるのはさすがにマズいので、その時間には外に出ておこう。  翌日。  ——随分人数の減った六年一組は、落ち込んだ空気のまま卒業式を迎えた。  卒業生の中に、例のはいない。  長く退屈な卒業式を終え、証書の入った筒を持ち、僕は帰りたくもない孤児院へと帰った。
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