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「な、なんで……」
怖かった。殺し屋とかいうのが目の前にいる。……殺し屋なんて、普段聞かないようなある意味浮世離れした言葉に、その人は震える程の信憑性を持たせていた。
「失礼ながら。先にわたくしの質問にお答え願えますか」
「えっ……」
「貴方様には、殺したい方がいらっしゃいますでしょうか」
「……」
殺し屋は、優しげな笑みを浮かべ、変わらず優しい声で僕に問いかけた。
……そのはずなのに、嘘をつくとか、誤魔化すとか、そういうことをしたら命が危ないと、身体中の全細胞が叫んでいるようだった。
気づいたら僕は、頷いていた。
「わたくしは、貴方様の殺したい人間を、証拠を残さず消すことができます。いかがでしょう、わたくしの力を借りてみるというのは」
殺し屋は笑みを崩さない。その表情と言葉に、詐欺師のような禍々しい胡散臭さを感じた。
「……僕には、払えるものがありません」
「広告でもお伝えしているのですが、わたくしがお客様に要求するものは憎しみのみでございます」
「そんなの、そっちに得がない……」
話せば話すほど、怪しさは増すばかりだ。
証拠を残さずに、タダであいつらを殺してくれるなら、それはもちろんやってもらいたい。
だけど、これが新手の詐欺か何かだとすると、損をするのは僕の方になる。
だからとりあえず、この人の次の言葉を聞いてみてから断ろうと、思ったんだけど……。
「いえ、わたくしにとって、人を殺すことは生き甲斐にございます。俗に言う人間の三大欲求などよりも、人殺しの方が遥かにわたくしの心を楽しませるのです」
「……?」
急に殺し屋が早口で話しだした。さっきまでと、少し様子が違う。
「まぁ、まず何が素晴らしいかと言いますと、死に至るときのあの……表情が……この上無い絶望を味わったときの、あの表情がですね……! あれ以上に尊い人間の姿というものを、わたくし見たことが無いのでございます! 人間がその生涯で最も輝く瞬間……それを目の当たりにできる……これだから殺し屋は辞められません……! そしてさらに、依頼者様の憎しみが、これはもう……またたまらなく素敵なもので、人がいつも欲しがってばかりいる金などよりも、よっぽど私の心を満たしてくれる代物です! 憎しみに取り憑かれ、おかしくなったように相手を呪うあの暗い瞳……。人生を狂わされたその哀愁……! 素敵! 美しい! 加えて、その悲願が果たされたときに見せる下卑た嗤いが……これが本当に言い表せない……。強いて言うのならば、憎悪によって滅ぼされた、虚ろな人間の儚さがもう、痛いくらい伝わって来るの……! あ! あと、それとね! …………君、もしかして引いてる? や、もちろん今更そんなこと気にしないよ。それが異常者の常だし。ちゃんと自分がおかしいっていう自覚くらい私にだってあるんだからね!」
恍惚とした表情で、殺し屋は長々と語った。
先程までの胡散臭さ、仮面のように貼り付いた笑顔がいっぺんに消え、ただただ嬉しそうに紫の瞳を輝かせていた。
「え、えっと……」
僕は当然、戸惑った。
殺し屋は不意にハッと我に返ったような、驚いたような表情をして、誤魔化すようにこう言った。
「……無理強いはいたしません。ご自分の手で復讐を果たすと言うのならば、わたくし——殺し屋など不要です。……いかが致しますか?」
またさっきの胡散臭い笑顔を顔に貼り付けて。
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