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殺し屋の仕事
さすがに、あの(楽しそうに殺しを語る)様子を見てしまったら疑えない。
殺し屋さんにとって憎しみは本当に価値あるものなのだ。
だとすると、もうデメリットはない。
……僕は殺し屋キライを、雇うことにした。
「——では、まず最初に、お客様のお名前を教えていただけますか」
「柳 終です」
「シュウ様ですね。了解致しました。……もうひとつだけお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか」
殺し屋が最後の一文を妙に改まった様子で言うので、なんだか緊張して、僕は黙って頷いた。
「……憎い人を思いのまま消すことが、本当に、あなたにとって一番重要なことなのですか」
なんでそんなことを聞くのだろうと疑問には思ったが、特に口には出さずに、僕は答える。
「僕は……僕にとって重要なことなんて、何一つないって思ってます。だって、僕には何もないから。……だからせめて、これ以上減ったりしないようにしたいんです」
言い終わって殺し屋さんを見ると、満足げな笑みを浮かべていた。
「…………なるほど。では、シュウ様の望むように、わたくしキライが殺しの代行を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願い致します」
そう言って殺し屋は、その職業名に似合わない、上品なお辞儀をするのだった。
「……それであの、殺し屋さんにいくつか聞きたいことがあるんですけど」
僕にとってはまだまだ不可解な点が多いので、聞いてみることにした。だけど……。
「その前に、一つだけわたくしからお願いしたいことがございます」
「?」
「殺し屋に、敬語を遣うのはおやめくださいませ」
「どうして?」
またしても殺し屋さんが妙なことを言う。普通に考えて、どっちでもいいんじゃないのと、僕は思った。
「わたくしとしましては、殺すことに関してなんの苦労もございません。ですので結果的に、わたくしが憎しみを頂いているだけとなってしまうのです」
『殺すことに関してなんの苦労もない』と、はっきり言った。どうということでもないというふうに、平然と言った。
改めて恐ろしいと思うと同時に、この人はやってくれると確信した。
「もらっている相手に敬語を遣われるのは、なんだか申し訳ない気がしてなりません。ですから、もしシュウ様さえよろしければ、敬語をやめ、自然にお話ししていただきたいのですが」
断る理由がない。僕は頷いた。
「……ありがとうございます。では、ご質問にお答えしますね」
「あ、うん。えっと、じゃあ、どうして僕に声をかけたの?」
「ああ、それは。この辺りから、近年では稀な、香ばしい憎しみの気配がしたので、辿ってきた次第です」
「へ、へえ……」
どうやって気配を感じて辿ってきたのか、とかは聞くとキリが無さそうなのでやめておく。
「他には?」
「え、えっと、さっき広告って言ってた、遠くから声が聞こえるやつは、どうやってるの?」
「それに関しては、専用の道具がございます。一定以上の憎しみを持った方にだけ声が聞こえるメガホンのようなもので、材料にはわたくしの髪の毛や血液を使用しているため、同じ物は誰にも作れないようになっております」
材料に、髪の毛と、血……。
なんだか、この人に質問をすればするほど、奇妙な事実が判明するような。
「他に何か」
ここで僕は、さっきは聞かれる側だったので聞けなかったことを聞いてみることにした。
「…………じゃあ、その、どうしてさっき、あんなこと聞いたの……?」
「あんなこと、とは」
「"憎い人を消すことが、本当に僕にとって重要なのか"って」
「——それは、全てのお客様にお尋ねしていることでございます。その質問で、依頼をやめる方もいらっしゃいますので。失ってからその大切さに気づいたと言って、わたくしを恨んだり、仕事にケチをつけたりするようなお客様を極力減らす為でございます」
「なるほど……」
そんな人いるんだ。
「あとは、何か」
「いや、もう大丈夫」
「左様ですか」
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