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その翌日の今日は、土曜日だ。
僕の居る児童養護施設……孤児院でもいじめは受けている。あんな場所に居る意味なんてないので、朝ご飯を食べたらすぐ外に出かける。
なるべく知り合いに会わないような場所、つまり人通りの少ないところを選んで歩いていく。
——と。
「あ、あははは……ご、ごめんね?」
……なんか、謝ってる声が聞こえる。僕がよく行く、ほとんど人が来ない公園からだ。少し覗いてみよう。
「もういい。おまえは俺のことなんか好きじゃないんだ」
「……そ、そういう……わけじゃ……」
痴話喧嘩だろうか。ベンチで二人並んで座っているようだけど、角度が悪くて男の人の方しか見えない。
「じゃあなんで俺の誕生日忘れてたんだよ」
え、そんなこと?
「それは、さ、誕生日って祝うものだって知らなくて……」
——あれ?この女の人の声、聞いたことあるような……?
「なんだよ普通知ってるだろ嘘つくなよもういい!」
男は勢いよく立ち上がって走り出した。
「え、ちょ、まっ待って」
引き止める声も無視して——ついでに出入口に居た僕にも気づかずに——男は走って公園を出た。
すると、女の人の方が不意に出入口から追って出て来た。……足音がしなかったので気づかなかった。
女の人は僕を見つけ、「あ……」と一言漏らした。
——やっぱり、殺し屋さんだ。
「え、えっと。お見苦しいところをお見せしてしまったようで……申し訳、ございません……」
言いながら、必死で例の営業スマイルを作ろうとしているらしいが、引きつった笑みにしかなっていない。
「こ、こっちこそ、見ちゃってごめんなさい」
そんな顔を殺し屋さんがするのは、きっと見られたくなかったからだと思って、謝った。
「いえ、あの……ご不快では、ありませんでしたか……?」
「え? どうして?」
「憎しみを強く持つ者の大半は、他人の幸を嫌います。そのような方々にとって、“恋”の概念は呪いに成りうるのでございます。——シュウ様も、そうなのではないかと思いまして」
「……」
たしかにそうかもしれない。こんなにも不幸な僕の前で幸せそうに笑ってる奴らに、何の感情も湧かないわけじゃない。きっと幸せそうなあいつらが、僕のもらうはずだった分の幸せを奪ってるんだって、そんな風に思うことだってある。
……だけど。
「…………殺し屋さんは——」
「“キライ”とお呼びくださいませ」
この人、妙にこだわるな。と思いつつ言い直す。
「——キライは、本当にさっきの人のことが好きなの?」
僕が言うと、キライは無理に作ったような笑顔のままピクリとした。何か意外だったらしい、動揺しているようだった。
「……どうして、そう、思ったんですか」
「なんとなく違う気がしたから」
何も考えずに笑ってるような人たちと、キライが。
「そうですか……シュウ様は、勘がよろしいのですね」
少しだけいつもの調子を取り戻してキライは言った。
「え。そう、かな……」
「ええ、そうでございますとも」
言ってからキライは、営業スマイルとはまた少し違う作り笑いを僕に見せて、「それでは」と手を振りながら去っていった。
夜になって、孤児院にしぶしぶ戻っている途中で、あいつに出くわした。……『あいつ』というのは——そう、クラスのリーダー様のことだ。
もっとも、今はいつもの人を見下したような笑みはなく、代わりにあるのは、ひたすらに不安そうな、怯えた表情だった。
辺りが薄暗かったおかげで、僕がクラスメイトだということと、笑みを浮かべていることの二つに気づかれず、すれ違うことができた。
クラスの内一人が行方不明。そのすぐ後に同じクラスの生徒の兄が行方不明。
どちらもニュースでチラッと報道されていた。『この二件の関連性が疑われている』らしい。
……正直、大丈夫だろうかと、心配になる。僕が疑われた時に、上手く隠し通す自信がない。次はもっと、僕から遠い人間にしなければと思うけど、そもそも自分から遠い人間には何の恨みもないので、少し時間を置いてからにするのが良さそうだ。
日曜日を飛ばして月曜日。
朝から昼まで飛ばして夕方。
下校中、キライと遭遇した。まあ多分、あっちの方から僕を見つけてるんだろうけど。
「こんにちは、シュウ様」
「こ、こんにちは」
こんな風に挨拶をするのはなんだかんだ初めてで、慌ててしまった。
「シュウ様」
「う、うん?」
少し膝を落として、目線を合わせてくる。いつもはそんなことしてこないのに。
「——わたくしに、何か話しがございますね」
「え、あ……うん」
そんなにわかりやすかっただろうか。察しが良すぎないだろうか。
「あの。そろそろバレちゃいそうだから、一ヶ月くらい、殺してもらうのはやめようかと思っ——」
「その心配は不要にございます」
「そ、なの……?」
言葉を遮られて、僕は戸惑った。心配ないなんて、何を根拠に言ってるんだろう。
「ええ。わたくしが行った殺戮は誰にも咎めることができないのです。世の理が、そうさせるのです」
いよいよこの人の異質さがはっきり見えるようになってきた。
キライの言っていることが本当でも、嘘でも、異常だ。
しかし、彼女にとって僕は客だ。これまでの態度にも、そういう誠実さは見て取れた。だから、嘘だというのは考えにくい。……でも、引っかかる。
「……じゃあ、バレないんだったら、どうして『クラスで関わりの深い人は先に殺さない方がいい』なんて、最初に言ったの?」
「それは……」
キライは目を逸らして、迷いながら話し出す。
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