キライの好きな人

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 あの少年は、おそらく愛されて育たなかったのだろう。虐待を受けていたことは容易に想像できる。  ……彼を見ていると、思い出す。  私の父のことを。  私の家は、ごく普通の家庭だった。  普通の父に、普通の母。金持ちでも貧乏でもない、普通の暮らし。  そんな世間の秩序に圧迫されたような家に、ある日、混沌の塊のような私が生まれた。  平凡な家庭に、異質——つまり不純物が混ざるとどうなるのか。  以下に、その一例を(あらわ)したいと思う。  私には、生まれつき色んなものがなかった。  例えば、表情とか。人間の三大欲求もなかった。  でも、表情がないからと言って何の感情も持っていない訳では無いし、生理的な欲求がないからと言って、食べたり寝たりしないと体に不調は起きる。  私にとってそれらの不足は、ただ人並みに生きることの邪魔をするだけだった。  しかし、母にとっては気味の悪いものでしかなかったようで、元々病弱だったあの人は気分を悪くし、私が三歳の時、病床で息を引き取った。  命の糸がプツリと切れたその音を、私は傍で聞いていた。父と一緒に。  母が死んだとわかっても、私は涙を流すどころか悲しい顔ひとつしなかった。  父の中でも、私への忍耐の糸がプツリと切れたらしかった。  虐待が始まった。  葬式が終わると、父は私の食事を用意しなくなった。  保育園にも連れて行かなくなって、監禁もされた。  父は、もう顔も見たくないと言う。  父にも母にも似ていない顔立ち。幼児期にも関わらず毛先から少しずつ白くなっていく髪。それと同時に目の虹彩は紫がかり、瞳孔も白くなっていく。  たしかに、見たくなくて当然だろう。いろんな人に呪われていると言われてきたこの容貌を。  父は私に早く死んで欲しいと思ったのか、それともこの顔を潰せばもう少し母親に似ると思ったのか、暴力を振るうようになった。  いくら殴られても、お腹が空いても、私はやっぱり表情を変えなかった。  痛覚も生まれつき無いので、そう辛くはなかったし、それどころか幸せだった。  私にとって愛情よりも美しく、睡眠よりも大切で、食事よりも魅力的な憎しみを、直接自分へ向けられていたのだから。  夢のような日々だった。  殴られれば殴られる程、父を好きになっていった。  ——そして、私はある日、衝動を抑えられなくなった。 “  あの時、  私は初めて、(ひと)を殺したいと思った。  ——それが、三歳の時だった。                  ”  父はよく酒を飲む人だったので、酒に近場で採取したドクゼリを混ぜておいて、それで殺した。死ぬ直前の、憎々しげに私を睨む顔はこれ以上無いくらい絶品だった。  因みに、監禁されていたのにどうやって外へ出て毒を採取したり、酒に混ぜたりしたのかについては、まだ明かさないでおくとする。  そんな感じで、両親を失い、孤児院に引き取られた。結果だけ見れば、おそらく“シュウ様”と同じような身の上。  ……しかしもちろん、これだけでは終わらない。あれから後も、私は人を殺し続け、今に至るのだが、その仔細はまたの機会に。
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