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 決まりきった二本の傘が私の前に差し出された。 「今日はどっちにする?」 夫は傘を選ばせる。たかが一種類の傘を使い続けたぐらいで飽きはしないのに、 毎回律儀に二本とも持ってくるのが非常に彼らしかった。 「たぶんピンクの水玉でしょ? 違う?」 私の選択を予想するのも恒例行事。正直なところ、どちらでもよかった。 むしろ、両方とも自分には似合わないとさえ感じていた。 三十路半ばの今、派手な傘を差すには勇気がいる。 もう少し身の丈に合った色彩を身に着けたいのが本音であるが、 結婚を機に揃えた二本を今更買い替えるのも気が引けた。 自己主張が不得手な私は概して、夫の予想に合わせるのだった。 「……水玉かな」 敢えて迷ったふりをする後ろめたさは、 もはや自然と表情の裏に隠れるよう習性づいていた。 「やっぱり! だと思ったんだよ。はい、こっち」 彼の口調に正解した愉悦が帯びる。 相変わらず単純なのね、と雲で満杯の空に渡された傘をかざした。 鈍色(にびいろ)とのコントラストが今となってはとても奇妙に思う。 そんな私を気に留める素振りもなく、夫は黒を広げた。 「よし、帰ろうか」 高さに差のある二色の傘が、行く先を朧気に投影したコンクリート上に()つ。 夫との間に空いた僅かな隙間を、非情な雨が絶え間なく打ち続けていた。
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