2011年

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 2011年の夏、翼の父親が経営していた会社が大手の別会社に吸収合併された。  俺の記憶になかったのは、翼からそんな話を聞いたことがなかったせいだ。親の恥を吹聴する子供がいるはずもないから、それは当たり前のことだったんだろう。  そもそも俺は、翼が社長の子だってこともそれほど気にしていなかったのだ。翼の家が社長業をしていることは近所の噂で知ってはいたけど、親は親で子供は子供だし、社長の子だからとかシングルマザーの子だからとかで付き合い方を変えたいと思ったことは一度もなかった。  翼も社長の子らしい気取った振る舞いを見せないやつだった。  だからずっと俺たちは友達でいられたんだと思う。  翼の親の会社が潰れた当時、俺の周りではまだSNSもそんなに流行していなかったから、悪い噂が出回るということもなく、翼はその後も普通に生活しているように見えた。  内情は苦しかったようだけど、俺にはそうは見えなかった。  そして半年後には高校を卒業して、翼は自然とみんなの前から姿を消した。  俺との連絡も、思えば翼の方から絶っていたのだ。  少しずつ、蜘蛛の巣の糸を減らすようにして。 「さっきは取り乱してごめん」  夕方、5時。  夕飯の買い物を済ませたらすぐ行くから待っていてくれと頼んだ河川敷の緑の土手で、素直に待っていた翼と再会した。  涙の跡は残っていたが、翼は意外と落ち着いている。 「午前中に電話くれた時も、そっけなくしてごめんね。昨日からお父さんの行方が分からなくなっちゃって、どこかで死んでるかも……なんて思って絶望してたんだ。けど、さっきやっと連絡取れたからもう大丈夫。会社も完全に潰れちゃうわけじゃなくて、形態はほとんどそのままで子会社化するだけだって。社員は半分以上いなくなっちゃうみたいだけど、一番の取引先だった会社の人ができるだけうちで雇ってくれるって……」 「そっか」  川から吹く風が少し涼しさを呼んだ。  俺は結局、翼に何ができただろう。  分からない。  分かったことは、この日の翼が一人じゃ耐え切れないくらい辛い現実と向き合っていたということだけだ。 「よく頑張ったな、翼」  無力さに打ちひしがれながら、俺は昔よくやっていたように、翼の頭を優しく二回、ポンポンと叩いた。        
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