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話すたびに昔に戻っていく。思い出が花開く。失われた景色が色づく。
そう思っていた。
過去に戻れさえすれば、欠けていた何かを見つけてやり直せるって。
でも、事はそう簡単じゃないと、カウンターで翼と二人きりになって話をしているうちに気づいた。
翼は終始うつむきがちで、言葉の端々にため息が混じっていた。
男と見間違うほど元気だった昔の面影はそこにない。
「何があった?」
「……なんでもない」
「元気ないじゃん。久しぶりに会ったのに」
「うーん」
翼は短い髪の毛を耳にかける。髪を触るのは困った時の翼の癖だ。
「元気だよ。仕事も順調だし、彼氏もできたし」
「彼氏?」
例の結婚相手だろうか。
「どんな人?」
「すごく優しいよ」
「どこで知り合った?」
「親同士の仲が良くて、ね」
翼はなんだか歯切れが悪い。普通、彼氏の話だったらもっと嬉しそうに話したがらないものだろうか。
「いつから付き合ってるんだ?」
「……最近だよ。でも知り合ったのは七年前」
七年前はいつだ。
指折り数えて、それが高校三年の時のことだと気がついた。
翼が急に「会えない?」と俺を呼び出そうとした、あの年だ。
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