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僕は彼に拾われた。
独りぼっちで縋る藁を求めていた僕には、彼が太陽ほどに眩しかった。
僕が掴んだのは藁どころか、浮き輪かはたまた船か。何にせよ、僕を孤独から救ってくれた温かい人なんだ。
「あら、太一くん! 昨日は屋根の修理ありがとうね」
「お易い御用ですよ! 困ったことがあったらいつでも言ってくださいね!」
彼と散歩していると、いつも誰かに声を掛けられる。
さっきのは、崩れた瓦屋根の修理をしてあげた柳本のおばちゃん。数年前に旦那さんが腰を悪くしてから、事ある毎に彼に助けてもらっているらしい。
彼は太陽に向かって笑う、元気いっぱいの向日葵の様な人。一昨日、雨漏りを直してあげた塩原のおばあちゃんがそんな事を言っていた。
彼は忍野 太一。去年、僕を置いて死んだ母さんの弟。
数回会った事があるだけなのに、突然僕を引き取ると言った。他に身内がいなかったのでありがたい話だった。
元々大工をしていたのだが、横暴な棟梁と揉めて辞めたらしい。ここ数年は、母さんと太一の故郷でもある漁村で便利屋をやっている。
「太一くーん! 店先の棚が壊れちゃって! ちょっと直してもらえないかい?」
「お易い御用ですよ〜!」
村一番の漁師で魚屋の七海さんだ。いつも大した事は頼んでこないのに、手伝いの礼だと言って活きの良い美味しい魚をくれる。
太一はこの村で、誰からも愛されている。そんな太一の元にやってきた僕も、無条件で村の皆から良くしてもらっている。人の心が温かい村だ。
いつか、僕自身が皆に認めてもらえるようになりたい。そんな思いが日に日に強まった。
「太一、僕も手伝う」
「おう! じゃあコタにも頼もうかな」
僕は太一の役に立ちたい。幸い、手先は器用な方だったので役に立てそうだ。
母さんと都会で暮らしていた時は、高校で上手く友達を作れなかったし、仕事ばかりの母さんとは滅多に会う事もなかった。常に独りだった。寂しくはなかったけど、つまらなかった。
繰り返される日常に嫌気がさしていた時、母さんが事故で死んだ。正直なんとも思わなかった。
母親というものがよく分からなかったんだ。ただ、時々顔を合わせる人が死んだ、その程度だった。
もし太一が死んだら、僕は悲しめるのだろうか。
「僕、太一に拾われて良かった」
「ん? あっはは! 拾われてって、お前別に捨てられたわけじゃないだろう」
「似たようなもんだよ」
姉を失った太一に対して、配慮にかけた発言だっただろう。それでも太一は怒らなかった。
顔を合わせる度にヒステリックになっていた母さんとは正反対だ。本当に姉弟なのかとさえ思う。
そう言えば、顔もあまり母さんとは似ていない気がする。そういうものなのだろうか。
「······ごめん」
「何がだ?」
「母さんの事、太一にとってはお姉さんなのに、嫌な言い方して、ごめんなさい」
「コタは小さい頃から素直で良い子だな」
そう言ってニカッと笑う太一の笑顔は眩しすぎて、僕は目を伏せてしまった。しかし、俯いて微笑んだのはバレていたかもしれない。
「コタは可愛いなぁ、本当に」
「太一、変態っぽい」
「何て事言うんだよお前は····」
「僕、男だからね。可愛いとか言われても嬉しくないよ」
「なんだ、拗ねてんのか? ははっ。お前は俺の、可愛い甥っ子だよ」
「····うん」
これまでは誰に言われても嫌だったけど、太一に『可愛い』と言われるのは不思議と嫌ではない。きっと、太一の言葉には嘘も含みも、嫌なものが何も含まれていないからなんだと思う。
太一の言葉なら、僕の中にすぅっと入ってくる。僕にとって太一は、今までに出会ったことのない“正直な人”だった。
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