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「もうちょっとハッキリしないと駄目よ」
彼女は腕を組んで、諭すように言った。その彼女の腕に、とても細いベルトの、高そうな時計があるのにぼくは気づいた。
ぼくの視線に促されたように、彼女は時計を見た。「……行かないと」
「え、そうなんですか」
夜のこの時間に、なぜぼくとは逆の方向、要するに駅の方向に歩いて行くのか。ドレスアップしてどこへ出かけて行くのか。それを訊く勇気は、ぼくには無かった。
「……またね」
そう言うと彼女は、最初に見かけた時に戻ったかのように、冷たい表情になり、悠然と歩き始めた。片手をあげ、小さく振りながら。
きっと彼女とは、夜ごとの美女とはもう会えない。そんな気がした。(終)
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