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「先輩って。もう何年前の話?って感じね」
彼女が笑うたび、動くたび、甘い香りがぼくを包んでいくようだった。
彼女が上京してきたのは一年ほど前。ぼくの住むこの町で、ぼくと彼女は互いに知らずに半年以上、過ごしていた事になる。勿論、そんな偶然がある事は滅多にないのかもしれないし、或いはあちこちで起こっているのかもしれない。ぼく達が認知しているのは、ごく限られた現実なのだった。
彼女の方も、いつもとぼとぼと肩を落として歩いていく男がぼくらしいと思い当たったようで、今日たまたま、声をかけたという話だった。
「もっとかっこ良くなってるかなって思ってたのに」
彼女にそう言われて、失態を演じた当日のぼくは立つ瀬も無かった。
「あの、先輩は、ずっと先輩のままです」
「どういう意味?」
「いや、えっと」
とても綺麗で素敵です、と言えるほど、ぼくは調子良くはなかった。
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