練習試合

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練習試合

 試合開始の鐘がキン、と涼やかな音をたてる。アストロは盾を全面に押し出し、じりじりと前に歩を進める。半身は完全に盾に隠れている。一方マリアはステップを踏み、左右から軽快に詰め寄る。アストロは盾を左に持って、当たり負けしない様、低い姿勢を維持している。  両者の距離が1m程まで近付いた時、マリアはアストロを中心に時計回りにステップを踏み始めた。盾と逆方向に動くことで、露出している右半身を突くことができる。タイミングを見計らって、横斬りでアストロを牽制する。  ゴツッ、ゴツッ、と盾に衝撃が走る。  リーチからすれば戦鎚のほうが長い。が、重い分素早さに欠ける。  一撃離脱を繰り返すマリアに対して、アストロは反撃しようにも活路を見いだせない。防ぐことに集中してなんとかその場しのぎをするだけだ。  守りを固めるアストロをよそに攻撃を続けるマリア。しかし彼女の攻撃もまた、いくらやっても盾で防がれてしまう。 「埒が明かないわね。そろそろ本気で行くわよ」  マリアが本気で戦うことを宣言するやいなや、砂煙がすっと立ち昇り、チャラチャラと小石が弾む音がした刹那、マリアの姿がアストロの視界からふっ、と消えた。と、思った瞬間、盾を思いっきり打たれた。  マリアのミドルキックが盾越しに体に響く。  ミドルキックが来たかと思えば右から横斬り。 横斬り、ミドルキック。ローキック、ミドルキック。ミドルキック。横斬り。  連打のオンパレード。盾は大きいのでダメージはない。だがこのままでは一方的に攻められるだけだ。  絶え間ない攻撃を前に、如何に反撃するか、考えを巡らせる。今のままでは勢いに押されジリジリと後退していくが、壁に追い詰められたらラッシュは止まらなくなる。しかして、盾を取れば蹴りと剣撃が散弾の如く雨霰と降り注ぐだろう。  かと言ってこのままサンドバッグになるのも癪だ。 「どうするかな……」  反撃の方法は2つある。1つは、相手の攻撃に合わせてバックステップをする。リーチはこちらの方が長いのだから、相手の攻撃が当たらずこちらの攻撃が当たる距離まで下がれば良い。そしてもう1つは 「今だっ!」 ――――シールドチャージ。  一気に距離を詰めてミドルキックを封じる。と同時に体当たりでダメージを稼ぐ。 「なっ!?」  不意を突かれたマリアは間一髪、翻って右手で地面を掴みバク転で躱す。長い髪が後を追ってたなびく。ギリギリの回避だった。  マリアがチャージを躱した瞬間、唸りを上げる戦鎚が左から襲いかかってきた。  これをダッキングで鮮やかに躱すマリア。頭上をブンッと言う音を立てて通り過ぎた戦鎚はそのまま空を叩いた。  戦鎚を振った直後の大きな隙を、マリアが逃すはずはなかった。打って出たアストロは、攻撃に夢中になるあまり、体が大きく開き、無防備になったことに気付いた。 「しまっ」――時すでに遅し。  彼の右脇腹に激痛が走った。更に次の瞬間、目の前には雄大な青空が見えていた。  その2秒後――カシャン、と乾いた音を立ててサングラスが地面に落ちた。  訳が分からないまま、アストロは尻餅をつく形で倒れ込んだ。 痛いことは痛い。 だが、まだまだ戦える。 膝立ちになり、そしてゆっくりと立ち上がる。 ――。 ――――。 …………立てない。 …………なんでだ。 足が言うことを聞かない。  意識ははっきりしている。マリアがやや不安そうにこちらを見つめているのも、自分の呼吸の音も、森の湿っぽい匂いも、分かる。  だが、立てない。立とうとしても膝が言うことを聞かない。立とうとしても膝がガタガタと震えて前のめりに倒れるのが関の山だった。 「ギブアップだ。立てそうにない」  四つん這いになり地面を見つめながらそう言う他なかった。不甲斐ないが、動けないのなら無駄な抵抗をやめるのが懸命だとアストロは判断したのだった。負けを宣言し試合を終わらせた。  大したダメージもないのに戦えなくなったことが悔しくて、 右手で砂を掻き握った。砂を握り締めながらアストロは、 「なぁ、マリア。今お前何したんだ……?」  這いつくばりつつ、恐れよりも寧ろ賞賛を込めてマリアに尋ねる。一瞬で倒されたマジックを知りたくなった。 「顎よ」  見れば左手に持っていたはずのバックラーは捨てられ、代わりにグラディウスを持っている。 ――――あぁ、そういうことか。  顎よ。の一言だけで自分の身に何が起こったか、彼は悟った。  ダッキングと同時に、予め左手に持ち替えていたグラディウスで脇腹を叩かれた。  その流れで右拳による顎へのアッパーカット。つまり左のボディー、右のアッパーと美しい流れが絵に描いたように決まったのだった。それはまさに芸術であった。  そしてバックラーを捨てたのは腕の合間を縫って打ち込むため、右手は素手にする必要があったからだ。  体に当たったのはたったの2発。  それでも、戦闘不能にするためには十分すぎるのだった。  第1試合、3分程度で決着が付いてしまった。 「悪いな。大して戦えなくて」  3分で沈んでしまう相手より、的としてはサンドバッグのほうがよっぽど優秀だ。加えてまともな攻撃は1発も当たっていない。そもそも、まともな攻撃をシールドチャージと戦鎚での薙ぎ払いの2回しかしていない。 「気にすることはないわ。それより、君に試してほしいことがあるの。休憩後に、もう1試合してもらうわ」  マリアはアストロに微笑みかけると手を差し伸べ、ゲート脇のベンチまで支えて歩いた。
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