5908人が本棚に入れています
本棚に追加
「……課長?」
「お前は本当……はぁ」
「えぇ……?」
何故呆れられているのかよくわからない。この数分で課長の見たことのない表情をたくさん見た気がする。
しかし私はここでのんびり会話をしている時間など無くて。この残り30分を一秒足りとも無駄にしたくはない。
「大丈夫ですよ。課長に甘い物好きな彼女さんがいるって事は会社の皆には黙っておきますから!じゃあ!私はまだ食べないといけないので!」
失礼します!と勢いよく頭を下げてイチゴタルトコーナーへ戻る。幸いなことにトレイもそのまま置いてあり、イチゴタルトも補充されていた。
「ラッキー!」
どうせ一個取ってもすぐに食べてしまうから、と贅沢に三個も取り、他のケーキも取ってまた席に戻る。
それを口いっぱいに頬張りながら幸せな気持ちで飲み込んでいると、私の向かいに人影が落ちて。
「ん……あれ、かちょー?どうかしました?」
飛成課長が何も言わずに腰掛けた。
そしてその手には、同じようにイチゴタルトがたくさん乗ったトレイが。
「……」
「……」
「……」
何故そこにいるのか。わからない。
しかし私の問いに答えることもなく向かいに座っただけで、何も言わない課長。
どこかそわそわした様子に、私も戸惑う。
「……えーっと。……彼女さんは?」
「……そんなものはかれこれ何年もいない」
「……ではご友人と一緒に?」
「……違う」
「……」
え?どういうこと?
彼女でもない、友達でもない。……親?兄妹?いやいや、そんなタイプには見えないし。
頭の中で憶測がぐるぐると回る。
そんな私の脳内を見ているかのように、課長はもう一つため息をこぼした。
「……俺一人で来た」
「……課長一人で?……えぇっと……?」
理解が追いつかなくて、課長を見ながら大事に食べていたケーキにグッサリとフォークを刺してしまう。
そんな私の手元を見た課長は、私からフォークを奪って粉々に砕けたタルトを生クリームで掬う。
そしてそのフォークを私の口元に持ってきて。
「……ほら、もったいない。食え」
甘い香りに条件反射で口を開けるとクリームに付いた砕けたタルト生地が舌の上に乗って。
食べさせて貰ったことに気が付いて急に恥ずかしくなったものの、その安定的な美味しさに思わず目尻が下がった。
ゆっくりと味わって飲み込むと、ぎこちなく課長に視線を戻す。
最初のコメントを投稿しよう!